熱狂と鼓動 - 2/3

 

 結果、タケルの言ったとおりになった。
ヤマトのバンドが登場してから一気に上がった熱気に圧倒されたのもつかの間、突然始まった曲に無理やり腕を捕まれて引っ張られたような感覚に陥った。もしかすると本当にタケルが丈の腕を引っ張ったのかもしれない。だが、今更そんなことどうでも良くなるぐらいの熱狂と興奮が丈を支配した。
1つのバンドの持ち時間が30分と聞いていたが体感は5分程度で、余韻で立ち尽くしていた丈の腕をタケルが引いて歩く。「ねぇ?すごかったでしょ?」「いつもすごいんですけど今日は一段とかっこよかったなぁ」と興奮が冷めないタケルの話が丈の頭の中で右から左へと流れていく。あの瞬間感じた熱狂と興奮が脳裏から離れない。それでいてこの感情をうまく言葉に表すこともできなかった。どうすればいいか分からないまま、促されるままに歩いていると、気づけば片手にお茶が入ったコップを持って控室の前に立っていた。
「兄さん!」
タケルの声とノックする音で我に返った時には目の前の扉が開き、さっきまでステージの上で輝き溺れていたヤマトとメンバーたちがそこにいた。
「タケル、それに丈も」
「兄さんお疲れ様!さっきのライブ最高だったよ」
「ありがとう」
ライブ直後で疲れているだろう。零れ落ちる汗をマフラータオルで拭きながら水分を取っていた。タケルが他のメンバーと会話をしている中、ヤマトは立ち上がって丈の前まで近づいた。
「来れたんだ」
「ま、まぁ。そりゃ、誘われたらいくよ」
「・・・どうだった?」
「えっ」
「ライブ、どうだった?」
どうだった?そう聞かれるとどう答えたらいいのか分からない。確かにヤマトのライブはすごかった。けれど、「すごかった」という単語で片付けるには勿体ないぐらいの衝撃が伝わった。まだ耳の奥であの時の歓声と音楽が残っている。
「わ、わからない」
「え?」
「いや、違うんだ。なんというか、すごかったんだ。色々と初めてなことばかりで、最初はちょっと怖かったんだけど。でもその気持ちを吹き飛ぶぐらいの音と熱気が一気に飲み込んできて、すごくうるさくて眩しいのに、ヤマトの姿がくっきりと見えて声がしっかりと聞こえるんだ。ステージの上のヤマトは今のヤマトと全然違ってて、なんというか、すごかったし、かっこよかったんだけど、そんな言葉じゃ収まらないぐらいすごくて、よくわからないんだ」
ベラベラと出てくる言葉じゃまだ物足りないし、何か違う事を言っているような気もした。
丈の言葉にヤマトは目を丸くすると、線が切れたように笑い始めた。
「えっ、僕、何か間違ったことでも言った?」
「いいや、そうじゃないんだ」
ふう、と息を整えたヤマトは流れる汗をぬぐう。
「楽しんでもらえたならよかった。ありがとうな」
「う、うん」

「ヤマト!」
後ろでメンバーの一人がヤマトの名前を呼ぶ。
「そろそろ撤収時間だってさ」
「あぁ。・・・今日はありがとな。来てくれて」
「ううん、僕こそありがとう。こんなに良いものだったならもっと早く行きたかった」
「それならタケルと一緒に来ればいいさ。な?」
「うん!じゃあ兄さん、またね」
「あぁ」
撤収作業の邪魔にならないように控室を出ると、狭い通路を潜り抜けて外へ出た。まだ日が出ていた外もすっかり暗くなり、汗ばんだ体を冷たい風が潜り抜けて寒気を感じる。
「楽しかったですね!」
「うん。今日はタケルくんもありがとう」
「いえいえ。僕は丈さんがもっと兄さんにハマって欲しいだけなんで」
「ハマるってそんな」
「でもかっこよかったでしょ?」
「そりゃ、まぁ」
「ほら!でも兄さんのバンドのすごさはこれだけじゃないんですよ・・・」
その後は丈は、ヤマトのバンドについて饒舌に語るタケルの話を聞きながら帰っていった。
いつもより少しだけ早く脈打つ鼓動を感じ、これが「ハマる」ということなのかと実感しながら。