【新刊サンプル】ぼくらの椅子取りゲーム - 2/4

side_八神太一


「好きです。付き合ってください!」

肌寒い空気が漂う放課後、人気のない校舎裏に呼び出された八神太一は、目の前で勇気を振り絞る女子生徒から目を少しだけ逸らした。
「えっと・・・それは・・・・告白ってこと?」
「えっ、あっ・・・・は、はい」
勢いだけで乗り出したのかと思うような小さい声と俯いた顔に太一は戸惑う。目の前の女子生徒を太一は知らない。きっと太一の知らないところで一目ぼれをして、太一の知らないところで追いかけて、今日勇気を出して告白してきたのだろう。
女子生徒からすれば、長年思い続けてきたであろう異性の相手に告白するのは一世一代の大イベント。勝てば天国負ければ地獄のような、生と死の境目に立って手を掴もうとしているのだろう。そこの部分に関しては応援したくなるが、手を掴む相手が自分となると話は変わる。
「えっと・・・俺たち、初対面だよね」
「えっ、あっ・・・・はい・・・・」
「初対面でいきなり言われるのは、ちょっとな」
恐る恐る言った言葉に女子生徒の俯いた顔が急に上がる。真っ赤になった顔と目が合うと、今にも泣きそうな困惑した表情を浮かべていた。
「あっ、そ、そうですよね。ご、ごめんなさい!八神くんは私の事なんて、知らないですもんね、そうですよね。私が追いかけてただけですし」
「いや、あの、ちょっと落ち着いて」
「う、あっ、だ、大丈夫ですから!ごめんなさい!わ、忘れてください!!」
「あ、ちょっと!・・・・・あー・・・・」


 太一の話を聞きもせず、女子生徒は自己完結の謝罪をまくし立てて走り去っていった。
1人残された太一がまるで振られたような気分になってため息をつく。走り去っていったのを追いかけてしまうとあらぬ誤解を受けてしまいそうなので、そのまま部活へ向かうため校舎裏から日向へ1歩踏み入れた時だった。
「振られてんの」
「うわっ、ヤマト・・・・振られてねぇよ」
日向から出てきた1人の少年、石田ヤマトに顔を顰める。日の光に照らされた金髪が綺麗に反射して眩しかった。ヤマトは笑みを少しだけ浮かべると太一の方へと歩いてきた。
「逃げられてるじゃねぇか」
「あっちが勝手に逃げたんだよ。第一、誰かしらねぇし・・・」
高校生になってからというものの、こういった形の告白が多くなった。これがいわゆる「モテる」というやつなのだと思うと、漫画やアニメの世界が妄想だと痛感する。
一見、羨ましいとか贅沢だとか思われるかもしれないが、言われるこちらからすれば知らない人を自分の言葉次第で傷つけてしまうと思うと色々身なりを考えないといけないので大変だった。
そんな太一の心情とは裏腹に、明るい着信音が2人の間で鳴り響く。鳴っているのはヤマトの携帯だった。携帯を開いてしばらく操作をしているところから、メールなのだろう。小さな画面の文字を追っていた、つり上がった青い目が穏やかになり口が僅かに緩んだのが丸わかりだった。
「・・・丈から?」
「なっ・・・見たのかよ!」
太一の問いかけに慌てて携帯を隠してはわかりやすい態度にため息をつく。隠すのが下手くそなくせに、色々と隠そうとするのは昔から変わらない。
ヤマトは携帯を操作すると雑にポケットに突っ込んで太一を睨む。
「別に見てねぇよ。分かりやすいんだよお前」
「はぁ?別に普通だろ」
「じゃあ誰だったんだよ」
「・・・別に誰だって関係ねぇだろ」
そこでそっぽを向くから余計怪しいんだよ。でもそんな仕草も可愛いと思ってしまう自分に呆れてしまう。ヤマトのように顔には出さないが。
「ふーん・・・ま、別にいいけどさぁ。なんか用事でもあったのか?」
「いや、別に。声が聞こえたから」
なにかトラブルが起きたと思ってきてくれたのだろうか。たまにみせる親のような気配りが嬉しかった。友情の紋章を授かっているだけあってか、こういった気遣いは別に太一だけではない。
なのに、「友達」としての優しさを、太一が捻じ曲げて受け取ってしまってることなんて知らないのだろう。

 ヤマトは丈の事が好きだ。それに太一が気づいたのは中学生の時、ヤマトが丈と話すときの表情や距離の近さの違いからなんとなく察してしまった。
ヤマトにそれとなく聞いてみた時、頬を赤くして目を見開いて動揺していたあの顔は今でも鮮明に思い出せる。その時に感じた、胸の痛みもだ。
その日を境にヤマトは太一に丈に関する相談をするようになった。とはいっても些細なことから、丈の事は好きだが友達としていたいといった葛藤を愚痴交じりに聞いたりするぐらいだった。そのおかげか昔に比べて会う機会も話す機会も増えたことも嬉しかったが、「2人だけの」という特別感に浸っているのも事実だった。
かつて仲間として世界を救った同性の友に恋心を抱いているのはきっと自分だけだろうと、呆れたように笑ったヤマトの顔が脳裏でゆらぐ。まさか自分が同じように向けられてるなんて知りもしない顔で隣を歩いているヤマトを見ると、太一も同じように恋心を潰していくしかなかった。
こんなにも近いはずなのに、ひとつも見向きもしないで「友達」として信頼してる純粋無垢な友人。
(本当にお前は)
「・・・鈍感な奴」
「あ?」
「べっつにぃ」
別の意味で捉えらえれ、ヤマトはまた不服そうな顔を浮かべた。自分のように察しがいい奴じゃなくてよかったとつくづく思う。
「じゃ、俺部活に行くから」
「あぁ、またな」
結局校門の前まで来てしまい、ヤマトと別れると少し早足で部活に向かった。遅れたらどんな追加メニューがあるか想像しただけで身震いしてしまう。

運命の糸はどこに繋がっているのかわからない。
少女漫画を読んでその気分になったヒカリに言われた言葉をふと思い出す。
きっと太一の運命の糸の先にヤマトはいない。
わかっているから、友達でも構わないからヤマトの隣にいさせてほしい。ヤマトの隣で、ヤマトが笑って泣いて大人になっていく姿を見れたらそれでいい。
その願いでさえも傲慢だと言い続けては目を背け続ける。これからも、ずっと。