【新刊サンプル】ぼくらの椅子取りゲーム - 1/4

 

side_石田ヤマト


 太陽が落ちた黒い空の下、冷たい空気が街を包む。星空よりも強い光を放つ街の明かりと行き交う人々の影を、石田ヤマトはぼんやりと眺めていた。待ち合わせの目印としてよく使われる時計台を見上げると午後7時半を過ぎていた。もうすぐだろうか。少しだけ緊張した体を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐くと、白い息が出た。ベースバッグを背負い直し、コートのポケットに手を入れる。密かに高鳴る鼓動を意識して緩む顔を、隠すようにマフラーに顔を少しだけ埋めると、吐いた息がじんわりと頬を温めていく。

「ヤマト!」
聞きなれた、そして待ち望んだ声に顔を上げて辺りを見回す。右に、左に首を揺らした途中でこちらに向かってくる一人の少年、城戸丈を見つけた。様になっている茶色いコート姿で駆け足でやってくる姿はとても走りにくそうだった。少し火照った顔に、黒縁眼鏡ごしから見える黒い瞳と目が合う。
「ごめん。遅くなって」
「いいや、俺もさっき終わったばっかだから」
軽い挨拶を交わし、2人は歩き出す。

平日の駅前の時計台の下、午後7時半過ぎに待ち合わせて一緒に帰ることはヤマトと丈の中で知らないうちに習慣となっていた。
それはバンド終わりのヤマトが1人で帰っているところに、塾帰りの丈と出会ったところから始まった。お互い忙しい身であるため勿論毎日というわけにはいかないが、その時には必ず連絡をするようにしている。
それでもこうして時計台の下に待ち合わせて帰る事は、なんとなく、続けていた。
昔、冗談半分で丈に「別に無理に一緒に帰る必要はないんだぞ?」と聞いたことがあるが、「ヤマトこそ、大丈夫なの?」と返ってきた。特に気にしていないのならまぁいいか。と思いながらもヤマトはこうして2人で帰ることを、楽しみにしているのも事実だ。
届かぬ思いを昇華できる唯一の時間。内に秘めた高鳴りを感じながら「友達」として丈と話すことができるこの時間がヤマトにとってはとてもかけがえのないものだった。
もちろん、丈はそんなことを考えてもないだろうが。


「僕の方はそろそろテストが始まるんだけど、ヤマトはまだなの?」
「あー・・・。俺もそろそろ始まるな。また勉強しないとな・・・」
「バンド練習もいいけど、勉強しないと後々大変だよ?」
「わかってるって。ちゃんとテスト期間には練習しないつもり」
「ならよかった」
ふふ、と微笑む丈の頬は寒さで少し赤くなっていた。そんな顔を見ては「あぁ、好きだなぁ」と奥底から浮き上がってくる気持ちを潰して笑う。何年間も続けているとこうしているのも慣れ始めてくる。が、心臓がチクリと痛むことに変わりはない。
早く、この気持ちがどこかへ消えてくれればいいのに。


「じゃあ、また明日」
「おう」
街から少し外れた分かれ道。信号の前で丈は真っ直ぐに、ヤマトは左へと道が分かれている。
ここでいつも信号が青になるまで待ってから別れる。自分より少し背の高い後ろ姿が信号を渡っていくのを見届けた後に、ヤマトも自分の家へと歩き出した。
「友達、か」
何気なく呟いたその言葉は、白い息と共に夜の音にかき消された。