昨晩、シュウと喧嘩をした。
きっかけはほんの些細なことだった……と思う。記憶が曖昧なのも、昨晩は久しぶりに実家で宅飲みをしていたからだ。久しぶりに再会したこともあり、酒が進んで、感情的になっていた部分もあったと思う。
飲みすぎで重い体を起こして窓を見ると、もうすっかり日が昇っていた。おそらく昼前まで寝ていたのだろう。2度寝をするか迷ったものの、週明けに締切があるレポートがあったのを思い出し、渋々起き上がる。こんなにも飲んだ後に取りかかれるか分からないが、大まかな形は出来上がっている。あとは内容をチェックしながら細部を詰めていくだけだ。
机の上に置いてあると思ったPCが無く、シンは眉を寄せて寝ぼけた頭の中で記憶を辿る。
「あ」
昨晩、シュウが実家に帰ってくるまでリビングで作業していたのを思い出した。親が仕事で帰ってこない日は机が広く、飲み物や食べ物をすぐに取れるリビングで作業する方が効率が良いのだ。確か、シュウが帰ってくるまでリビングで作業して、帰ってきてからは自室に持って上がるのが面倒だったから隣の部屋の机の上に置きっぱなしにしていた。
PCを取りに行こうと部屋を出て、リビングに向かう。扉のガラス越しに見えたシュウの姿に少し気まずさを感じながら、シンは扉をゆっくりと開いた。
「……おはよ」
「……おはよう」
シュウはソファに座ったまま、雑誌から視線を外さないまま返事をした。昨日の事を引きづってるのだろうか。シュウの態度に少しカチンと来るものの、ここで怒るほどの体力もない。昨晩置いたままのPCと資料の本を手に取るって自室に戻った。
シュウと喧嘩している事はわかっているものの、何が原因で喧嘩しているのか全く覚えていない。シュウの態度からして多分シンが原因なのだろうが、喧嘩した相手が覚えてないのでは謝りようが無い。だからといって「よく覚えてないんだけどごめん」なんて言えばシュウの事を余計に怒らせてしまう。
どうするべきか悩みながらパソコンにログインしてレポートを開いた瞬間、そんな悩みも一瞬で吹き飛んでしまった。
シンは画面の向こうにある光景に目を見開いた。文書ソフトで開かれているページに並べられた文章。それら全てが明朝体やゴシック体ではなく、町内会のチラシでよく見るような太く丸っこいフォントに変わっていたのだ。
「……は?」
軽い二日酔いのせいで目がおかしくなったのだろうか。……いや、そんなはずは無い。メガネを1度外して服でレンズを拭いてからもう一度見てみるが、可愛らしいフォントは変わらなかった。
スクロールしてみると全ての文書のフォントが変えられている。文書ソフトのフォント欄を見ると「創英角ポップ体」と載っていた。
シンが昨日、無意識に変えたのか?いや、そんなはずがない。そうなれば、シンがパソコンを取りに行くまで部屋の中にいたのは。
シンは深くため息をついて頭を抱えた。部屋の中に入ってきた時の態度も、てっきり昨日のことで怒っているのかと思っていたが、表情でバレないようにあえて素っ気ない態度を取っていたとすれば納得出来る。
「………シュウ!!」
のどかな昼下がりの部屋の中、シンの声が響き渡った。しばらくしてシュウの笑い声が響いたのは、言うまでもないだろう。