※注意※
この作品はアイドルパロディ要素を強く含んでおります。
作品内に登場するユニット名・舞台背景などは全てフィクションとなっております。
また、話の都合上、スタッフ、マネージャーといったモブ要素を含みます。
原作とはかけ離れた世界戦のお話だと思っていただけると幸いです。
シャッター音が室内に鳴り響き、視界が一瞬だけ真っ白になる。この瞬間に目を瞑らないように慣れたのは最近の事だった。
顔が崩れないように細く息を吐き、カメラマンの指示を待つ。白くて明るい撮影セットから後方に離れた薄暗い待機場所ではスタジオ直属のスタッフやマネージャーが丈の撮影の様子を見守っていた。カメラを向けられることや、沢山の視線を向けられる事にはまだ少し慣れておらず、心臓が小さく、早く動いているのが分かる。あまり緊張していると「表情が硬い」とカメラマンに言われてしまうだろう。ゆっくり息を吸い込んで緊張を解そうとした時、泳いでいた視線の先にいたヤマトと目が合う。丈がよほど緊張していたのが伝わったのだろう。ヤマトは丈をじっと見つめると小さく笑って手を振った。「リラックスしろ」ということだろうか。思わず頬が緩んだ時、パシャッとシャッター音が鳴り響いて視界が真っ白になる。
「今の表情良いね!あとは視線をこっちに向けてくれると嬉しいかな」
突然のシャッター音に呆気に取られてしまったが、慌てて「はい」と返事を返す。まさか見られていたなんて思わずに少しだけ首元が暑くなった。視界の端にうっすらと映ったヤマトが笑っているような気がして、余計に恥ずかしい。
「よし、OK!お疲れ様!ヤマト君と代ろうか」
「ありがとうございました!」
カメラマンからのOKサインに丈はゆっくり息を吐くと、カメラマンに会釈をして撮影ブースから出る。丈と入れ替わるようヤマトが撮影ブースへ入っていった。
「お疲れ」
そう言ってヤマトは丈の肩をポンと軽く叩いた。「頑張って」と伝えると、ヤマトは得意げに笑ってカメラマンに挨拶をする。簡単な打ち合わせを交わし、白い撮影ブースの真ん中に立つ。
「よろしくお願いします」
その言葉がスイッチのように、ヤマトの表情が「友達」から「アイドル」へと一気に変わった。カメラマンからの要望もそつなくこなし、要望以上のクオリティを生み出している。そんなヤマトの姿を丈はぼんやりと見つめていた。自分には無くてヤマトにあるものを、焦がれるように。
「Octet」は、小中学生の男女八人で構成されているアイドルグループだ。とある教育番組をきっかけに生まれ、そして一時のブレイクで終わる予定だったが、世間から予想以上の反響を呼んだことがきっかけ始めたアイドル活動はおかげで結成から二年も経っていた。今では、八人のそれぞれの個性を生かしながらアイドルとしてだけではなく、ドラマやモデル撮影、タレントと子供ながらもマルチに仕事をこなしている。そんなアイドルグループの中に丈とヤマトはいた。
丈とヤマトは別次元に生きている二人だった。
この世にスポットライトを浴びるべき人間がいるとして、ヤマトはそこに相応しい人間だった。長く続いている教育番組の中で制作陣がその場の思いつきで始めたアイドル企画に、「石田ヤマト」という存在はぴったりで、「城戸丈」はただの数合わせだったのだと、結成して長い時間が経った今でも思う。すぐに終わると思っていた企画が予想以上に伸びたのも、きっと世間がヤマトを、僕ではない皆を求めているからだと思っていた。元々目立ちたがり屋でもなければ、観客を魅了するものも持っていない。それでも何故か丈の手にはマイクが握られ、舞台の上に立っていた。浴びるような視線が怖かった。声がちゃんと出る保証なんて無かった。体が思うように動かなくて、笑えなくて、求められている答えを返せているかも分からなかった。
それでも、やっとの思いで舞台に「アイドル」として立っている。スポットライトを浴びている丈はあまりにも無様で、場違いだと思った。近くて遠いヤマトの背中を見て、嫌というほど現実を知った。強い光を浴びて、ペンライトの光に包まれ、それでも消えずに在り続けるヤマトは酷く綺麗だった。
丈は、自分が愚かだと思った。
***
新曲ジャケットに向けた撮影は撮影は終わり、ヤマトは休憩室でメイクを落としていた。既に着替えやメイクを終えたメンバー達は休憩室でおやつを食べたり、談笑したりと各々休憩を取っている様子が大きな鏡に映っている。ふと、その中に丈の姿が見当たらない事に気づいたヤマトは辺りを見渡した。
「どうしたの?お兄ちゃん」
すぐ隣に座っていたタケルがヤマトを見上げて不思議そうに首をかしげる。
「いや、丈が見当たらないなって思って」
「ほんとだ。丈さん、またどこかに行っちゃったのかな」
そう言ってタケルも辺りを見渡した。丈の荷物は置いたままであったものの、スタジオに来た時の服が無くなっているから着替えてからトイレにでも行ったのだろうか。そう思ったヤマトだったが、タケルの言葉にふと引っかかった違和感を感じた。
「……また?」
「ん?」
「タケル。お前、今〝また〟どこか行ったって」
「あれ?兄さん知らないの?最近の丈さん、こういう休憩時間とかにどっか行っちゃうこと多いんだ。でも移動時間とかまでにはちゃんと戻ってきてるし、休憩時間をどうやって過ごすかはそれぞれの自由だから別にいいとは思うんだけどね」
「ちょっと気になるけどね」と言葉を零してタケルは笑った。
「……ちょっと探してくる」
「えっ、僕も行こうか」
「いや、お前はここで待ってたらいいよ。集合時間に間に合わなかったらお前が怒られちゃうしな」
「でも」
ヤマトはいつ呼ばれても大丈夫なように荷物をまとめて椅子の上に置き、タケルの言葉を最後まで聞かずに休憩室を出ていった。
「……それって兄さんも一緒じゃないのかなぁ?」
タケルは去っていく兄の背中に笑いながら言葉を零した。
今日来ているスタジオはいつものスタジオとは違って少し広く、通路も入り組んでいた。時間帯的にもそろそろ集まっておかないとマネージャーに呼ばれると思い、丈を呼びにトイレへと探しに向かった。
というものの、ヤマトは最近、丈の様子が少しおかしいような気はヤマトもしていたのだ。
普段からどこか自信がない部分はあるものの、それでも丈は本番になれば誠実に仕事をこなしていく人だ。慣れない歌やダンスは誰よりも一番練習をしている姿も見ているし、皆に追いつくためにヤマトが丈に教えることだって多かった。「自分はヤマトみたいに才能がないから」なんて言葉を零すものの、アイドルをしている時の丈は心の底から楽しそうにも思えた。
そんな丈が、最近は元気がないように思えた。あくまでヤマトから見た丈の姿ではあるものの、何か気に病んでいる事があるような、悩んでいるような様子を度々見せている。思い切って声をかけてみるものの「大丈夫」「気にしないで」の一点張りで、一向にヤマトに教えようとしないのだ。別にヤマトに対して全てを話してほしい、なんて思っていないが、何か悩んでいるなら力になりたいと思うのが自然だ。それに、力になれなくても気にかけてやることぐらいはやってもバチは当たらないだろう。
すれ違うスタッフに挨拶をしながらトイレへと向かう。とはいえ、ヤマトもぼんやりとしか位置を覚えていないため、館内地図や看板を頼りに歩いていた。時計を見ると午後四時三十五分。休憩室を出て十分ほど経っているが一向に見つかる気配がない。もしかしてヤマトとすれ違う形でもう休憩室にいるのかもしれない。そう思ってヤマトが踵を返そうとした時だった。
少し離れた人通りの少ない廊下の曲がり角辺りで、話し声が聞こえてきた。現場スタッフが話し合っているのかと思ったが、丈の声が聞こえた気がした。誰かと会話しているのだろうか、と声の方に近づいて曲がり角を曲がろうとした時だった。
「ぅわッ!?」
「うぉッ!?」
ヤマトが曲がり角を曲がったタイミングに重なるように、丈が曲がり角から出てきた。驚いて思わず一歩二歩後ずさりをしたヤマトに対して、丈は大きく後ずさりして壁にもたれかかった。横にはマネージャーが驚いた顔でヤマトを見ている。
「びっくりした……」
「わ、悪い……。なかなか帰ってこないから、どうしたのかと思って」
「心配かけてごめんね。ヤマト君。丈君も、先に戻ろう。私は先に現場スタッフさんに挨拶してから行くから、先に駐車場に集まってて」
何かあったのかマネージャーに聞こうと視線を向けたヤマトを遮るように、マネージャーはヤマト達に指示をすると、足早にこの場から去っていった。
「お前、なんかあったの?」
「えっ?」
「マネージャーと話してたみたいだったからさ。あ、言っとくけど、さっきのは何も聞こえてないから。そこは安心してくれよ」
マネージャーと人気のない通路で二人で何を会話していたのだろう。そんなヤマトの純粋な疑問に丈は一瞬だけ目を見開いてみせるものの、いつものように笑った。
「なんでもないよ。ちょっと話してただけ」
「……そっか」
ヤマトは変に詮索しても悪いと思い、その後は話題に触れなかった。だが、ヤマトの頭の片隅にしこりのように残り続けている。あんな人気のない場所でマネージャーと丈は何を話していたのだろう。マネージャーに話せて、同じグループのメンバーに話せないような事があるのだろうか。「気にしないで」と簡単に呟いてしまう丈の事が、ヤマトは余計に放っておけなかった。