「あ、弟くんだ!」
「ごめんね~!わざわざ迎えに来てもらって」
「いえ…」
深夜10時。酒を飲んで美味い飯を食べてかなり酔いが回ってきた人たちで溢れる居酒屋の奥の方で、兄さんは壁にもたれかかって眠っていた。顔見知りの人が矢継ぎ早に話しかけてくるが、誰が誰に対して話しかけているのか、そもそもシュウの事が全員眼中にあるのだろうか、よくわからない会話のドッジボールが繰り広げられている。
「シン~、弟くんが来たぞぉ~」
「こいつすぐ酔う癖にペース早いからなぁ。あ、弟くんもついでになんか飲む?食う?」
「あ、いえ…車で来たので…」
「そうよあんた!弟くんに飲酒運転なんかさせたらシンに何言われるかわかんないわよ。ごめんねぇ、こいつも大概酔っ払ってるから」
「いえいえ…はは…」
飲み会の場所は正直苦手だ。元々あまりお酒を飲まないのもあるが、騒々しいし、妙に高いテンションについていくのが大変だった。・・・何より、シンが飲みに行く度に迎えに行かされるのも面倒だった。俺が車を持ってるのをいいことに毎回迎えに行ってる気がする。その度にこうして絡まれて、ベロベロに酔った兄さんを抱えて帰る。正直、運転代行として金を請求してやりたい。
「兄さん、起きて。迎えに来たよ」
「ん…シュウ…??お前も来てたのかぁ」
「違うよ。兄さんを迎えに来たんだよ。ほら、帰るよ」
「ん…」
起きてるのか寝てるのかよく分からない表情を浮かべながらボーッとしている兄さんにため息をつきながら、さっさと靴を履かせる。そのまま肩を持って立たせると、挨拶をして外に出た。
「…兄さん」
「…」
「あのさ、もしかしてだけど、酔ってないでしょ」
「・・・バレたぁ?」
下を向いていたシンの顔がぬっと上がり、ニヤニヤした顔が浮かび上がった。酔っているシンの肩を持って歩かせている時から、酔っているにしては妙に安定感のある歩き方と、酒を飲んでいるにしてはお酒の匂いが薄かった。
シュウはため息をつくと、肩にかけていたシンの腕を払って降ろす。
「なんでそんなめんどくさい飲み会なんかに参加するんだよ」
「あーいう付き合いが後々役に立つもんなんだよ」
「・・・ふーん」
医者の道を外れ、家を飛び出したシュウにとってシンが普段どのように過ごしているのかは分からない。無事に国試に合格して「初期研修医」という医者の卵になったということを聞いた。国試に受かったからといって決して楽になるわけでもなく、むしろ昔以上に様々な事を学んで、進まなきゃいけないことが多くなった。
そんな多忙な日々を繰り返しているシンが珍しく飲み会に行くというものだから、てっきり羽を伸ばして楽しんで帰ってくると思っていたのだが、そういう訳にはいかないらしい。
「あーあ。とはいえ酒飲んじゃったから帰って勉強なんて出来ないだろうし、明日は休みだし。今日はもう帰って寝ようかなぁ」
そう言って伸びをするシンの横顔はどこかやるせなく、寂しそうな表情だった。
「・・・ちょっとドライブしない?」
シュウのお誘いにシンの足がピタッと止まった。気恥ずかしい事を言った自覚があるシュウの頬は少しだけ暑い。面食らったような表情を浮かべていたシンだったが、シュウのみるみる赤くなっていく頬に嬉しさがこみ上げて、大きな体に体重をかけた。
「何?デート?」
「違う、そういうんじゃない」
シュウの真っ赤な顔を覗き込むように寄せるシンの顔は悪魔のような笑顔を浮かべている。意地が悪い。けれど、嬉しそうにも見えた。シュウの腕に絡むようにシンの腕が伸びて、ポケットの中に華奢な手が滑り込んでくる。
「どこがいいかな。・・・海とか?」
「・・・いいよ。別に。どこでも」
「うわ、気前が良いな。じゃあお台場のデートスポットにでも行っちゃおっかなぁ」
酔っていない。と言っていたがあれは嘘だったかもしれない。妙にテンションが高くなったシンがどこかに行ってしまわないように、シュウはポケットの中にある自分よりも小さな掌を握り返した。