「春だなぁ」
窓の縁にもたれかかって外を眺めていた太一がボソリと呟いた。モニターから目を離して外に目を向けると、校門前の桜が少しずつ花開いていた。
「そうですね。最近、暖かくなってきましたし」
「そうだなぁ」
光子郎の言葉に太一は上の空な返事をする。
「・・・何かあったんですか?」
「ん?いやぁ、なんていうかねぇ・・・春が来たからには、そろそろ実って欲しいな~って。俺は思うわけ」
「はぁ」
「だってよ?もう何年だよ。長いぜ?俺、結構頑張ってると思わねぇ?」
「・・・何がですか?」
話半分に聞き逃すつもりだった太一の言葉が光子郎に飛んできた。何ともふにゃふにゃな会話のキャッチボールだが、転がされたものは一応拾っておかないと後から面倒なのは分かっていた。
「・・・・・・バンドマンと受験生の話だよ」
「あー・・・・・・」
謎に伏せられた名前がすんなりと納得出来てしまった光子郎のタイピングが止まる。バンドマンと受験生---つまり、ヤマトと丈のことだ。
ヤマトは丈の事が好きだった。それを知ったのは中学生ぐらいの頃だったと思う。最初は驚いたものの別にそれを変だとは思わなかったし、ヤマトの惚れっぷりを見てると応援したくなったのだ。中学生になって違う学校に通っている二人をどうにかこうにかブッキングさせたり、デートの予定を一緒に考えたり、太一と光子郎はかなりヤマトに協力をしていた。
そんなある日、光子郎のところに一つの話が舞い込んでくる。それは、丈からヤマトの事が好きだという相談だった。
丈曰く、「太一に相談するとすぐ広まりそうだし、タケルや大輔達にこんな話出来るわけがないし、消去法として守秘義務をちゃんと守ってくれそうな光子郎に相談した」との事だった。この話が来た時に光子郎は内心激しく動揺したのだが、丈のためにも真剣にその思いやこれからについて相談を受けた。光子郎には守秘義務を守る面子があるせいでヤマトにこの事実を伝えることはできない(太一には仕方なく伝えてしまっている)が、これはもうある意味ゴールが近いのでは?と思った。本当は今すぐ伝えてあげたいのをグッとこらえながら、二人は互いの話を聞いて、互いのために色々とやってきた。
だが、結ばれない。いつまで経っても結ばれない。
もう二人揃ってゴールが出来る状態なのだ。互いの気持ちを正直に話して、手を繋いで、ゴールテープを切ればいい。そうすればようやく太一と光子郎も心の底から祝福を送ることが出来るのだ。
なのに出来ない。二人があまりにも臆病で鈍感すぎるのだ。
もう一層の事、太一と光子郎の口から言ってしまおうかと何度も考えたがそれは二人のためにならないだろう、と何度も踏みとどまった。踏みとどまりすぎて靴に穴が開きそうなぐらいだった。
そうやっているうちに何度目かの春を迎えた。
未だに二人はお互いの事がちゃんと好きで、ちゃんと知らない。
「今年はどうなるんでしょうかね」
「どうなるかねぇ・・・」
もどかしかった気持ちも何年も続けば母親のような気持ちになってくる。もはや悟りの領域かもしれない。
空を見上げていた太一のポケットから着信音が鳴る。携帯を確認するとヤマトからだった。
「もしもし。あぁ、うん。あー・・・まぁ、いいよ。あぁ、大丈夫。はーい・・・」
「・・・誰からですか?」
「ヤマトから。今日光子郎の家に寄るつもりだったけど用事が出来たから置いて帰ってくれってさ」
「用事、ですか」
「用事だってよ」
用事。バンドの事でもなくあえて濁した言葉を使ってくる時は大体丈の事だというのも、長年付き合ってきた中で分かってきたことだ。ヤマトは多分、バレてないと思ってる。光子郎の家に預けているデジモン達もきっと二人で仲良く迎えに来るのだろう。
「春だなぁ」
「春ですねぇ」
太一は携帯をポケットの中に滑り込ませて、もう一度窓の外を見る。
空は清々しいほどに晴れており、心地よい風が桜を撫でると小さな花びらが空へ浮かんでいった。