ワンドロ「料理」

「そういえば君って、料理得意なんだね」
しばらく賑わっていた客足が落ち着いて最後のお客を送り出した後、閑散とした厨房で皿を洗っていた丈がヤマトに問いかけた。
「あぁ、まぁ」
「ずっと気になってたんだよ。小学五年生にしては料理が出来るなぁってさ。あ、決して悪い事でも変な事でもないからね。現に今、助けられてるわけだしさ」
仕込みのスープから目を離さないヤマトを見て不機嫌になったかもしれない、と丈は慌てて訂正をする。一方のヤマトはその言葉に特に気に掛ける事無く、大きな鍋の中で混ざり合うスープをただ見つめていた。
「その・・・家ではよく手伝いとかするの?」
「手伝いというか、ほとんど俺が作ってるよ」
「作ってるって・・・家のご飯をかい?」
目を見開いて驚く丈を横目に、ヤマトはコンロの火を止めて鍋に蓋をすると、足元に置いてある箱から玉ねぎを取り出して皮を剥く。驚かれても仕方ないと分かっていたものの、あまり良い気分はしなかった。でも、それを何も知らない丈に当たるのは間違っている事ぐらいは分かった。わざと声色を明るくして話す。
「親父が仕事忙しくてさ、作れるのが俺しかいないんだよ。でも料理って作れて損はしないだろ?」
「そっか・・・」
声色を明るくしたつもりが、かえって空気が悪くなったような気がした。変なところで気を遣って困った顔をする丈を少しだけズルく思う。そんな顔するなら、最初から聞かなきゃ良かったのに。
細かく切った玉ねぎをフライパンに入れて、冷蔵庫(と思わしき棚の中)からベーコン(のようなもの)を細かく切っていく。
「痛ッ」
丈に対する不満が募って気が散ったせいか、誤って指を切ってしまった。思わず包丁から手を離してため息をつく。これぐらいの切り傷は料理をしていく中では日常茶飯事だった。特に構うことなく、いつものように傷口を舐めようと口へ運ぼうとした。
「ダメ!」
皿を拭いていたはずの丈が、いつのまにか目の前にいて切れた指の方の手首を掴んだ。驚いて目を見開くヤマトに対して、丈は安心したように息を吐いた。
「こういうのはちゃんと洗わないとダメだよ!」
「ちゃんとって・・・ただの切り傷だろ?」
「ただの切り傷だとしても!生ものを扱ってるんだから、うっかり舐めて雑菌が体の中に入ると大変な事になるんだ。ちゃんと水で洗って、ちょっと待ってて」
たった一つの小さな切り傷にいつになく真剣な表情を浮かべる丈に圧倒され、ヤマトは「お、おう」と返事をした。丈はその返事を聞くと厨房を飛び出して行った。
「・・・何なんだあいつ・・・」
1人厨房に残されたヤマトは仕方なく水で傷口を洗う。この厨房で使っている包丁は切れ味が良いのか、洗ってもまた血が浮き出てきた。
2~3分程度経ったぐらいだろうか。厨房から慌ただしく入ってきた丈は両手に消毒液、ガーゼ、絆創膏を持っていた。デジタルワールドに巻き込まれたときにたまたま持ってい救急セットから取り出したのだろう。
「おいおい。気持ちはわかるけどたかが切り傷だろ?」
「たかが切り傷、されど切り傷なんだよ?知ってるかい?街中にいる野良猫に引っかかれたりしただけでもその猫が持っている雑菌で指がパンパンに腫れて痛みが出てくることだってあるんだ」
「俺は別に野良猫なんかに噛まれちゃいねぇよ」
「ここは僕たちの世界に似ているようで違う世界なんだ。そこで負った傷のせいで入り込んだ雑菌が僕たちのいる世界と同じ雑菌のように見えて違う雑菌である可能性だってあるんだ。万が一の事を考えたらちゃんと治療した方が良い」
用心深いというか細かすぎるというか、ここまで来ると鬱陶しいというか。とはいえ、勝手に消毒を始めてしまっている丈に今更成すすべもなく、ヤマトは丈にされるがまま処置を受けた。
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
無事に大掛かりな処置を終えた丈は持ってきた道具たちを片づけながら、小さく呟いた。
「僕、ずっとヤマトの役に立ちたくてもこんなことしか出来ないからさ。見ての通り、不器用で、下手くそで、要領悪くて・・・でも、頑張るよ。ここから抜け出すためにも、ヤマトのためにも」
少し照れくさそうな顔で丈は笑うと、持ってきた道具をカバンに仕舞うために厨房の扉を開いた。
「・・・そういえばさ。さっき、ヤマトの料理の事について聞いただろう?」
「おう」
「あの時、まずい事を聞いたっておもったんじゃなくて、羨ましいなって思ったんだ」
「・・・羨ましい?」
予想外の言葉にヤマトは炒めていた手を止めた。
「だって、ヤマトのお父さんはいつもヤマトの作ってくれたご飯を食べれるんだろう?僕の親も毎日忙しくてさ。僕が料理できればいいんだけどダメダメだから、誰かが作ってくれたご飯、食べる事が少なくてさ・・・羨ましいって思ったんだ。だから、変な誤解させてたらごめん」
そう言って丈は厨房を出ていった。
羨ましい。そんな言葉が出てくるなんて思わなかった。丈はてっきり裕福な家庭で、恵まれた環境の中で大事にされているのだと、勝手に思っていた。
「・・・」
余っていた玉ねぎやベーコンを追加で切ってフライパンの中に入れる。あっという間に火が通った食材の中に米(らしきもの)を入れて、現実世界で近しい調味料を加えて味を調える。そのタイミングで丈が厨房から戻ってきて、皿を拭く作業を再開した。
「・・・あのさ」
「ん?」
「外にいるガブモン達を呼んできてくれないか?そろそろ、腹が減っただろ?」
「え?それって仕込み用のやつじゃ・・・」
「働かざる者食うべからず、だろ?」
ヤマトの言葉に丈の顔は一気に明るくなる。朝から働き詰めでお腹が空いていてもおかしくない。
「ガブモン!ゴマモン!休憩しよう!ヤマトが美味しいご飯を作ってくれるぞ!」
元気の良い声と一緒に丈は厨房からフロアへと飛び出していった。
「・・・なんだよそれ」
遠くから聞こえる喜んでいる三人の声にヤマトは小さく呟いた。盛り付けるために丈が拭いてくれた皿へ手を伸ばすと、少しクシャクシャになった絆創膏が見えて、こらえていた笑みが零れた。