ワンドロ「ハロウィン」

今日の夜がいつもの夜と雰囲気が違うことに気づいたのは、塾が終わり、しばらく歩いた時だった。
街中がカラフルに彩られ、すれ違う人々は思い思いの仮装をして街を歩いている。お化けやゾンビ、ナースや警察官などの格好をした人から、流行りのアニメのコスプレをした人など、いつもの東京の街がアミューズメントパークの中に入ったようだった。それと比例していつもより人通りも多く、駅にたどり着くまでの道のりががいつもより長く感じる。
現実と幻想の境目が曖昧になっていく街の様子が、まるで昔デジタルワールドと現実世界が干渉した時のような風景に見えて、丈はどこか懐かしさを感じた。
デジタルワールドの方がよっぽど奇天烈で、信じられないことばかり起きていたような気がするが、あの日々も今では愛おしささえ感じてしまうほどに良い思い出だ。
人の流れに流れるように歩いていた時、丈の横を1人の男性が通り過ぎた。人混みの中でもよく目立つ、少し長い金髪が丈の視界に映り込む。
(----ヤマト?)
咄嗟に後ろを振り返ると、少し離れた場所に先程見かけた後ろ姿が遠くへ歩いていくのが見えた。さっきは横目で見ることしか出来なかったが、あれはきっとヤマトだろう。
「おーい!ヤマト!」
丈は人混みの邪魔にならないようにヤマトの名前を呼んだ。が、ヤマトは決して振り返ることはなく奥の方へ進んでいく。
丈はヤマトを追いかけるべきか少し悩んだが、こんな夜中に1人でどこへ行くのかが気になって追いかけることにした。別に何かを覗き見るつもりは無いが、あれほどの距離にいてヤマトが丈に気づかなかったのも少し不思議だった。
ヤマトと出会う時はいつもこうして1人で帰っている時が多い。その時はいつもヤマトが先に見つけて、丈の元へ走ってやってくるのだ。そんなヤマトがすれ違った時に気づかないのは少し不自然だった。
(無視された・・・とかじゃないよね?)
少し不安に感じながらも、丈はヤマトの後ろ姿を追いかける。ヤマトが向かっている先は駅から反対方向だ。もしかしたら丈が知らないだけで何かデジモン関連の事が起きているのだろうか。
人混みの中では人の声も段々と大きくなる。丈が呼んだ声もきっとかき消されてしまうだろう、と丈は気づけば必死にヤマトの後ろ姿を追いかけた。あともう少し、届きそうな左手に手を伸ばす。

「危ない!!」
丈が伸ばした右手は空を切り、左手を誰かに強く掴まれた。驚いて後ろを振り返ったその瞬間、けたたましくクラクションが丈の後方で鳴り響き、自動車が横を駆け抜けていった。
丈の心臓は激しく高鳴り、息がギュッと苦しくなった。掴まれた腕の先にいたのはヤマトだった。
「ヤ、マト…?」
ヤマトは掴んだ手を強く引き寄せると、深く息を吐いた。
「お前…危ないだろ?赤信号なのに飛び出したりしたら…」
「え、でも…」
あそこにヤマトが、とヤマトがいたはずの場所に視線を向けると、そこには誰もいなかった。当たり前だ。ヤマトは今、丈の後ろで丈の腕を掴んでいる。
「人混みの中で丈を見つけたから呼んでるのに全然気づかないし、様子がおかしいと思って追いかけたら急に飛び出すし…大丈夫か?」
「あ、あぁ…大丈夫。ごめん…ヤマト…」
「まぁ、何も無くてよかった。これから帰るんだろ?俺も今バンドの練習終わったところでさ。一緒に帰ろうぜ」
「う、うん」
そう言ってヤマトは肩に背負った楽器ケースを背負い直す。「ほら」とはぐれないようにさし伸ばされた手を丈は静かに握った。
あの時見たのはヤマトじゃなかったのだろうか?でも、確かにすれ違った時に見えたあの人影はヤマトだったはずだ。コスプレをしている人と見間違えたのだろうか?
(だとしたら、あの子は一体どこに)
丈は去り際に後ろが気になったが、振り返らなかった。
振り返ってはいけない。それはまるで根拠の無い理由だったが、全身に感じる悪寒と心臓の音がサイレンのように拒絶反応を見せていた。
ハロウィンの夜は丈が想像しているよりも現実と非現実が織り交ざった夜なのかもしれない。