ワンドロ「友達とは呼べない関係」

星が鮮明に輝く夏の空の下、選ばれし子供達12人は夏のキャンプを楽しんでいた。
選ばれし子供達とキャンプは何かしらの縁がありながらも、毎回何かに巻き込まれて本来のキャンプとしての楽しみ方をしたことが無かった。どうせなら皆で普通にキャンプを楽しみたい、と言い出したのは太一だったかミミだったか。その2人が発端で皆が予定を合わせて、今回サマーキャンプを開催した。外では子供たちが花火で遊び、コテージの中では保護者として同伴した親たちがゆっくりと夜を満喫していた。

「・・・あれ?」
そんな中、伊織は親が同伴できない代わりにと言われて持ってきたおはぎを人数分配りながら、おはぎが余った事に気づいた。
大輔や太一を中心に皆が花火や夜空に夢中になっているので渡し忘れてしまっただろうかと思ったが、今この場にいる全員には渡していた。ということはコテージ内にいる保護者の分だろうか?と考えたが、それも違う。コテージの中から出るときに保護者には先に配ってから外に出たのだ。ということはこの場にいない人がいる。
「伊織ー!あんたこんなところで何やってんのよー!伊織の花火無くなっちゃうかもよ!」
いつもより五割増しでテンションの高い京が後ろから伊織の肩を掴んだ。急に後ろから押されて思わず倒れてしまいそうになるが、両手に持っているおはぎを落とすわけにはいかず、何とか踏ん張った。
「京さん・・・危ないじゃないですか。」
「危ないって何よー。・・・ってそれ、おはぎじゃない」
「はい。京さん、おはぎ貰いましたよね?」
「貰ったわよ!伊織の家のおはぎは美味しすぎて何個でもいけちゃうから二個だけじゃ足りなかったわぁ」
「ですよねぇ」
伊織はもう一度両手に持ったおはぎを見る。京に渡しているということはあの時外にいた人達には全員渡っている事になる。
「何それ?余り?私が食べてあげようか?」
「ダメですよ!それに、これは余りなんかじゃないです。誰かが取り忘れてると思うんですが、こんな状態だから誰が取り忘れてるのかわからなくて・・・」
「そういうことねぇ・・・あれ?そういえばヤマトさんどこ行ったのかしら」
辺りを見渡した京がヤマトがいない事に気づいた。てっきり太一や大輔と一緒に遊んでいるものだと思っていたが、そういえば見当たらない。
「・・・あ、丈さんも見当たらないですね」
「もしかしてその2人の分なんじゃない?」
「そうかもしれないですね・・・僕、探して渡してきます」
おはぎはあまり常温で放置していいものではない。それに丈やヤマトは伊織の家のおはぎをいつも「美味しい」と言って食べてくれるのだ。もしこのまま外にあるテーブルに置いたままだと誰かに食べられるか、虫が寄ってきてしまうのがオチだ。せっかく作ったおはぎをダメにしたくないし、2人だけ食べないというのは可哀想だった。
「伊織、2人を探すの?みんなで探した方が早いんじゃない?」
「いえ・・・皆さん花火とかで楽しそうですし、それをわざわざ止めたくないので。僕1人で探します」
「1人って・・・もう!分かったわ。この京が手伝ってあげようじゃない」
いくらキャンプ場とはいえ、夜の森の中をまだ小学三年生の子供が1人で行っていい場所ではない。(京もまだ小学六年生だが)それに、2人で探せばすぐに見つかるだろう。もしかすると2人でトイレに行っている可能性だってあるし、選ばれし子供達の中では意外と静かなところを好みそうな2人だ。外で花火をしている騒がしさから少し離れている可能性だって十分にあり得る。
「花火で遊びたかったら遊んできてもいいんですよ?」
「そんなこと言って、こんな森の中を1人で行く方が危ないわよ!それに、2人で探せばすぐに見つかるわ!」
「さ!行くわよ!」といつの間にか伊織よりも張り切った様子で京は歩き出した。伊織は慌てておはぎをタッパーに仕舞うと、先へ進んでしまった京の後ろを追いかけた。

***

「どこにもいないわね・・・」
「そうですね・・・もしかして、迷子になってるんでしょうか?」
コテージ周りの森や外に設置している休憩所などを巡ってみたが、2人の姿は見たらなかった。コテージの中かと思って覗いてみたもののコテージの中は大人たちで盛り上がっている様子で、2人の姿は見当たらなかった。
「うーん・・・残りは私達が泊まるコテージだけど、あそこになんか用事とかあったかしら・・・?」
「もしかするとちょっと休憩しているのかもしれないですね。丈さん、塾で遅れてきてましたし」
今日のサマーキャンプで一番予定を合わせるのに難航したのは丈だった。今日も一日空いていたわけではく、午前中にあった塾を終わらせてやってきたのだ。一日目の夜となると塾の疲れも溜まっているのかもしれない。
「でも、じゃあなんでヤマトさんはいないのよ」
「それは僕にも分からないですよ」
丈が1人見当たらないのなら休んでいるのだろう、と分かるのだが、ヤマトまでいないのは2人にもよく分からなかった。ヤマトと丈は同じ選ばれし子供達ではあったが、そこまで接点があるかと言われるとそこまで浮かばず、どちらかというとヤマトは太一や光子郎といる事が多いような気がした。
「これだけ探していなかったらコテージにいると思うんだけどなぁ」
そう言いながら京たちは子供たちが泊まるコテージの階段を昇った。玄関の横にある窓から見える室内は薄暗かった。京が窓越しに目を凝らして中を見つめる。
「居そうですか?」
「うーん。いなさそうだけ・・・」
月にかかっていた雲がゆっくりと動き、月明りが静かにコテージの中を照らした。さっきより少しだけ明るくなった視界の奥の方に見えたものを見て、京は思わず息を止めた。
その時、京の視界に映ったのはコテージの中にあるソファに丈を押し倒しているヤマトだった。
視界が悪いだけだろうか?だが、何度瞬きを繰り返しても薄っすらと映る光景は変わらない。喧嘩?そんな言葉が過ったが、それもすぐに拒絶される。ヤマトの顔がゆっくりと丈の顔に近づいていく。そして———
「・・・京さん?」
伊織の声に京は一気に我に返った。ドバッと汗が吹き出し、ショート寸前な脳みそを必死に回した結果、京は伊織の目を両手で塞いだ。
「うわっ・・!?な、何するんですか!」
「い、伊織!!この中に2人はいなかったわ!!」
「い、いなかったってまだ中を見てないじゃないですか!コテージの中をちゃんと確認して」
「ダメ!!ダメダメダメダメ!!!!」
京の頭の中はパンク状態だった。京自身も何が起きているのか分からない。が、窓一枚を挟んで見えたあの光景は伊織には、いや、誰にも見せてはいけないと直感で分かった。
「と、とにかく!!この中にはいなかったわ!!よく考えたらこの部屋は空さんが鍵を掛けたから入れないんだったわ!」
「そうだったんですか?」
「そう!いやー!そういえばそうだったわ!アハハ!!」
当たり前だが真っ赤な嘘だ。そんな事より京は今すぐこの場を離れるべきだと全身が警告を鳴らしている。
「…分かりました。僕らと入れ違いだったのかもしれないですね」
「そ、そうかもね!さ、早く戻りましょ!」
伊織の背中をグッと押すようにして前へ進む。最後にチラッと見た窓越しに青い瞳がこちらを見ているような気がして、京は静かに息を飲んだ。
(まさか、あの2人が)
京は皆の元に戻った後も脳裏にあの光景が残り続け、その後にヤマトと丈が間隔を開けて戻ってきた後からキャンプが終わるまで、2人の顔をまともに見ることが出来なかった。

―――そして、タケルから2人の関係を聞いたのはキャンプが終わった一週間後だった。