「まずい、もうこんな時間だ・・・」
放課後。日直の当番を終わらせて教室の時計を見た丈は、焦った様子で荷物をまとめてクラス名簿を持つと、教室の鍵を施錠して足早に職員室へ向かった。
高校生になった春の日、丈とヤマトはめでたく恋人になった。お互い長い間の両片思いの末に実った恋で舞い上がったものの、実際は塾にバンドとお互いやらなきゃいけない事に追われる日々を過ごしていた。せっかく恋人同士になったというのに2人で過ごせる時間が短い問題を解消するために、週に2回程度、放課後に待ち合わせて一緒に帰ろう。と提案したのはヤマトからだった。
丈自身も会えない日が続くよりは会える日が少しでも増えればそれで良い、と思って了承し、バンドと塾が無い日は近くの公園に待ち合わせて一緒に帰るようにしていた。
その約束の日が今日だった。タイミング悪く日直当番に回ってしまい、なるべく早く済ませたつもりだったが、日直当番だから、と言って先生から色んな事を任されてしまう。
先生に対して「恋人が待ってるんです」なんて言えるはずもなく、頼まれたことを済ませた頃には夕方の6時になっていた。
ヤマトはきっと今頃、公園で丈が来るのを待っているだろう。もしくはヤマトの方も学校で向かうのが遅くなっている事を祈りながら、丈は下駄箱で靴を履き替えて校舎を出る。
「・・・なんだ?」
校舎を出て校門に視線を向けると、下校していく生徒達がいる奥の方に小さな人だかりがあるのを見つけた。人だかりの正体は遠くからは分からず、その横を通り過ぎていく人も一度は視線を向けて何かを話している。「不審者」なんて言葉が浮かんだが、こんなに生徒がいれば先生も近くにいるはずだから有り得ない。だとすれば、あの人だかりは一体なんだろうか。
どちらにせよ、丈はそんなことを気にしている場合ではない。ヤマトが1人公園で待ちぼうけてるかもしれない。早く向かわないとお互い帰る時間だって遅くなってしまう。
小さな人だかりを不審に思いつつ、横を通り過ぎようとした時だった。人だかりの隙間から見えた人影に丈は思わず足を止めて目を見開いた。丈の学校の制服とは違う制服を着たその人物は、丈を見るなり嬉しそうな顔で笑って手を振る。
「あ!丈!」
まさか、と思ったが、校門前の人だかりの正体はヤマトだった。
「ヤマト・・・!?」
ヤマトを囲ってる人だかりの視線が一気に丈に向けられる。それも仕方ない。丈の高校とは違う制服を着ているだけでもかなり目立つというのに、整った顔立ちに綺麗な金髪、青い瞳、すれ違う誰もが一度は視線を向けてしまうような美貌を持っている。そんな少年が校門前で待っているのが可愛らしい彼女でもなければ、こんな地味な高校生だ。
「誰?」「どういう関係?」と何か責め立てられそうな視線を感じながら、丈は渋々人だかりを抜けてヤマトの前に行く。
「なんで、ここに君が・・・」
「なんで、って。今日割と早く終わったんだよ。公園で待ってても良かったけど、せっかくなら迎えに行った方が良いかと思ってよ」
そう言ってヤマトはにっこりと笑った。ヤマトは自分の美貌とか、そこに関する影響とか、あまり気にしたことが無いのだろう。おまけに中学生の頃から続けているバンドのおかげで誰かに視線を向けられることにも慣れてしまっている。つまり、これは完全にヤマトの善意で行ったことなのだから余計に言いずらい。
「と、とりあえず行こっか。もう帰れるからさ」
これ以上浴びせられる視線も痛くなってきた。何か言われる前にさっさと行こうと丈はヤマトの手を掴んで歩き出す。丈が雑に握った掌をヤマトは丁寧に握り直した。
「おっ?今日はやけに積極的だな?」
「そうじゃなくてね・・・?」
そんなアプローチをした覚えなんかないんだけど。どこまでも見えてないヤマトに内心頭を抱えながら、2人は校門を後にした。
「やっぱ迷惑だったか?」
しばらく歩いた先にあったいつもの公園で、ブランコに座ったヤマトはポツリと呟いた。
「迷惑・・・じゃないけど、制服が違うとどうしても目立ってしまうからね」
ヤマトもあの人だかりはやっぱ気にしていたんだろう。ヤマトとしてもあまり迷惑にならない程度にしていたらしいのだが、どうしてもああなってしまったらしい。
「でもまぁ、ちょっと面白かったけどな。俺を見つけた時の丈の顔」
「あのねぇ・・・」
丈が少し睨むような視線を送るも、ヤマトは得意げに笑うだけだった。
「たまにはいいかもな、あんな待ち合わせも」
「・・・次は君の学校でやってあげようか?」
「それも良いかもな。違う制服着てるからすぐ見つけて迎えに行ってやるよ」
反省しているのかしていないのかよく分からなかったが、丈は小さくため息をついた。今まで一緒の高校じゃない事に対して良い気分はしなかったが、これはこれで悪くもないのかもしれない。
夕焼けに照らされて丈の影がヤマトを覆った。もし、同じ学校に通っていて、同じ制服を着ていたら。ふと見たヤマトに自分の制服を重ね合わせるが、ヤマトには似合わないような気がして丈は小さく笑った。