キスの日。
そんな日があることを知ったのはSNSのトレンドからだった。気になってタップしてみると様々なキャラクターの創作イラストで溢れている。もしかしてそういう類だけの話なのかと思って検索してみたところ、しっかりと由来があるようだった。
「何調べてるんだい?」
「うわっ」
コーヒーを注いできた丈がヤマトのスマホを覗き込むように隣に座る。ヤマトはスマホの画面を慌てて隠すが、丈は特に気に留めてないのか、テレビを見ながらコーヒーを飲み始めた。
そういえば最後にキスしたのはいつだっただろうか。
お互い忙しくて会う時間がないのもあるのだが、ヤマトも丈もそこまで「キスをしたい」とか、そういった行為をあまりしようとは思わないのもあった。お互いの気遣いもあるのだろう。
とはいえ一応は恋人だ。そういったスキンシップが全くないのも如何なものかと思ってしまう。とても矛盾しているが、結局はその行為に至るまでのきっかけと勇気がヤマトにないのだ。
なにかきっかけさえあればいいのだが、と丈を見た時に運が悪く目が合ってしまう。
「・・・さっきからどうしたの?」
「えっ、あぁ。いや、ちょっとな」
「ちょっと?」
「あぁ。ちょっとな・・・」
パッと逸らした目線をゆっくり丈に向ける。ヤマトの謎の行動を不思議そうに見つめるだけで、何も疑う様子がない純粋な顔がヤマトを見つめていた。視線のフォーカスが自然と唇に絞られていく。
「・・・ヤマト?」
「な、なんでもない!」
いや、無理だ。今このタイミングでしたら明らかにおかしい。まるで初めてキスしたかのように頭が混乱していく。そもそもキスの日というものに感化されてキスするというのもどうだろうか。まるで綿菓子のように軽くて甘すぎる動機でキスしました、なんて恥ずかしくて言えたものではない。
次のタイミングで、いつか。そう思ってヤマトが視線を逸らした瞬間だった。
ふに、と唇に触れた柔らかな感触にヤマトは目を見開いた。目と鼻の先にある丈の顔を見て状況を理解した時にはもう、既に唇が離れている時だった。
「ち、違った・・・?」
目を見開いて固まるヤマトに、少し困ったように照れた丈が問いかけた。それでも未だ全ての理解が追い付いておらず、石のように動かないヤマトに丈は畳みかけるように説明する。
「いや、さっきヤマトのスマホ見たら”キスの日”ってあったから、てっきり、してほしいのかなって、思ったんだけど・・・・ち、違った?」
丈の言葉をゆっくりと飲み込んだヤマトは恥ずかしさの余り、顔を両手で隠して深呼吸をした。胸がギュッと掴まれたように苦しいのはいつぶりだろうか。
「間違って、ない。というか、俺からするつもりだったのに・・・」
「えっ、あ、ごめん」
「だから」
逸れた目線を合わせるように丈の頬に手を当てると、お互いの息がかかる距離まで顔を近づけた。ドクドクと鳴り続ける音が聞こえてしまいそうなぐらいうるさくて、クラクラする。
「俺からもしたい」
ヤマトの言葉に丈は目と唇をギュッと紡ぐ。それを合図に、ヤマトは固く閉じた唇をそっと重ね合わせた。