ずるずる片思い

「光子郎、高校受かったらしいね」
そう話した丈の口から白い息が漏れて消えていく。冬に比べれば随分暖かくなったと思ったが、春と呼ぶにはまだ早いらしい。両手を温めるように持った温かいお茶を、ヤマトはひと口飲み込んだ。
「らしいな。太一から聞いたよ」
「同じ高校なんだろう?光子郎の事だから、違う学校に行くのかと思った」
「俺もそう思った」
丈とはタイプの違う頭の良さを持つ光子郎の高校受験に心配といった気持ちは抱かなかったが、合格発表の日からすぐ、本人よりも早く太一から連絡がきた時は内心ほっとしていた。光子郎の頭脳があれば更に上の高校が狙えると思ったのだが、光子郎なりに考えて決めた道だ。
「ミミ君も海外の高校に行くんだろう?しばらく会えなくなるね」
「・・・元々俺たち、そんなに会ってないだろ」
「うわ、冷たい事言うねぇ。こういうのは会えないと分かった瞬間に寂しくなるもんだよ」
両親の都合で海外にいたミミも何度か日本に遊びに来ていたものの、海外の高校に通うとなると日本にやってくる機会も減ってしまうのだろう。・・・まぁ、それでも一年に数回は突然やってくるのだろう。
「そっか・・・皆ちゃんと進路が定まってるみたいで良かった」
「丈はこれからだろ?」
「うん、まぁね・・・」
「なんだよ。うまくいってないのか?」
渋い返事を返す丈に問いかけると、眉間にしわが寄せて唸る。
小学生の時からずっと夢であり目標である医者という道の険しさは、丈の様子を見ればよく分かる。缶コーヒーを握る手に手豆がポツポツとできていて、中学の時に比べて短く切られた髪の毛はところどころ跳ねている。常にぶれることなく走り続ける丈を自分とは次元が違う人、だと思った時もあれば自分との差に劣等感を抱いた時もあった。その感情も隣にいたいという欲望からくるものであったのだと思える。
「ヤマト?」
不思議そうな顔を浮かべてヤマトの顔を見る。「あぁ、何でもないよ」と返すと特に気にすることなく丈はベンチから立ち上がった。手に持っていた缶コーヒーが音を立ててゴミ箱の中へ入っていく。

「いずれ、ヤマトとも会えなくなっちゃったりするのかな」
静かに歩き出した道の途中、丈がポツリと言葉を零す。思いもよらない言葉にヤマトは目を見開いた。そんな姿を見た丈は「例えばだよ」と笑いかけるが、笑えなかった。
「そんなこと言うなよ」
「・・・ごめん」
「俺は」

「俺は変わらない。あの時からずっと、変わらないよ」
ヤマトの青い瞳が丈を焼き付けるように見つめる。脳内でフラッシュバックした数年前のあの言葉が、昨日の事のように鮮明によみがえる。
「ごめん」
丈は目を見開いた後、困ったように笑って静かに呟く。
ヤマトは何も言う事が出来なかった。