あの人の影響

「丈さん」
恐る恐る声をかけた。それは僕の知っている中で最近の丈さんとは少し違う見た目をしていたから。おまけにここは色んな人が行き交う駅前。見つけてから声をかけるまでに丈さんと共通する点を何度も結んだからきっと合っていると思う。
けれど世界には似ている人が2人か3人はいるらしい。そんな事をお兄ちゃんが言っていたのを思い出したのと同時に、僕の声に反応した人が振り返る。
「・・・タケルくん?」
あぁ良かった。
安堵と共に漏れた笑みを浮かべながら「はい」と返事をすると、丈さんの顔は一気に明るくなる。
「久しぶりだね!」
「そうですね。今日も塾だったんですか?」
「うん。まぁこれからだけど」
丈さんの持っているリュックは中に入っている本で角張った形に伸ばされていた。持てばきっとずっしりと重いのだろう。
「相変わらず忙しいんですね」
「まぁね・・・仕方ないけど。タケルくんは随分と背が伸びたんだね」
昔はこんな小さかったのに、と丈さんは太もも辺りまで手の平を下げる。そこまで小さいような気はしないけれど、気にせずに笑った。
「丈さんも背も伸びてますけど、髪も伸びましたね」
僕の言葉に丈さんは少し照れた顔で笑いながら髪の毛をくしゃりと触る。昔はちゃんと見えていた耳も藍色の髪で隠れてしまってる。
「これでもちょっと前に切ったんだ。ちょっとだけだからあんまり分からないと思うけど」
「もしかして、髪の毛伸ばすんですか?」
ちょっと前がいつなのか分からないけれど、丈さんの口ぶりからこの長さで満足してるように見えた。
僕の問いかけに丈さんは少し迷ったように目が泳いでは笑う。
「まぁ、うん。ちょっとね」
「?」
「ううん。なんでもない。そろそろ行かなきゃ」
わざとらしく腕時計を見ては僕に笑いかけると、丈さん足早にその場を去っていく。取り残された僕はただその後ろ姿に手を振るだけしかできない。
(意外と影響されやすいんだ・・・)
丈さんが髪を伸ばす理由が何となくわかったような気がした僕は、これを果たして言うべきか隠しておくべきか。ぼんやりと考えながら駅の中へと歩き出した。