玉子焼き

「こんな真昼間に何してんでさァ。旦那ァ」

見回りを理由に仕事をサボってフラフラと歌舞伎町を歩いていると、見覚えのある天然パーマが河原で座り込んでいた。沖田の声に反応すると、死んだ魚のような目でこちらを見上げている。
「オメェこそ、こんな真昼間に何してんだよ」
「見回りにきまってんでさァ。
・・・旦那はいいですね。こんな真昼間に、一人遠足ですかい」
銀時の手の中にある弁当は彩りもバランスも良く、そこら辺のコンビニやスーパーで売ってある弁当よりも美味しそうだった。
「新八が作ったんだけどよォ」
「そりゃ、愛妻弁当ってやつですかい?」
「俺ァ今日はかつ丼の気分だったのによ、『弁当の方が食費浮くので!』だとかなんだとか言いやがって。俺を本当に愛してくれてるなら、昼飯ぐらい好きなモン食わせろってんだ」
ブツブツ文句を言いながらも銀時はおにぎりを頬張る。
家庭が家庭故に自分で料理をすることが多いのだろうが、唐揚げに玉子焼きにサラダと、この中の食材を全部新八が作ったと思うと想像がつかない。
いや、そういえば割烹着着てたのをどっかで見たことあるかもしれない。
そんな事を思いながら無意識に弁当を見ていたのか、銀時は沖田を睨みながら弁当を大事そうに抱える。
「・・・やんねーぞ?」
「俺ァ旦那みたいに金に困ってねェので、自分の飯ぐらい自分でなんとかできるんでさァ」
「そりゃー税金ドロボーだからよォ、たんまり貰ってんだろーなぁー?」
「ハハ、旦那は相変わらずひでェことを言いやがる」

のどかな風が頬を撫でる。このまま寝転がって昼寝をしたいところだが、土方に見つかると面倒なことになる。仕方なく重い腰を上げた沖田を銀時は呼び止めた。
「お前、腹減ってね?」
「・・・それなりに」
「じゃあよ・・・この玉子焼きいるか?」
箸で摘ままれた綺麗に巻かれた玉子焼きを指先で掴む。
「・・・まさか旦那、この玉子焼きも」
「ちげェよ。あの女のに比べたらうめェけど、俺、玉子焼きは砂糖派なんだよね」
なるほど。この玉子焼きは甘くないと。
相変わらずの甘党を貫く銀時に別れを告げ、摘まんだ玉子焼きを口の中に放り込む。
美味い。普通に美味い。
というか、こんなに玉子焼きって美味しかっただろうか。

あっという間になくなった玉子焼きの味が僅かに口の中に残る。ペロリと舌で唇を舐めても、これ以上濃くなることはなく、静かに消えていく。
もう一つ食べたい。そんなことを思っても新八が沖田に作ってくれるはずもない。依頼をしてみるか?いや、そんなバカみたいな依頼を飛ばせるはずもない。
(玉子焼きって、美味ェんだな)
いつもなんとなく食べていたものが美味しく感じられるなんて、老人みたいな考えだとおもいながら、沖田は街の中を歩いていった。

 

 

 

(・・・・・????)
「・・・どうしたんだ?総悟」
一日の勤務が終わり、鍛錬も終わり、夕食を食べている沖田は眉を寄せる。鮭定食の中に玉子焼きがあったのだ。昼間の玉子焼きを思い出し、期待を胸に玉子焼きを食べたのだ。
「・・・いや、何でもねェです」
「そうか?ならいいんだが」
沖田の返事を特に気に留めることなく、近藤はご飯を食べ進める。相変わらず騒がしく隊員たちの声も、沖田の耳にはノイズキャンセルされたように聞こえてこない。
もう一口食べて、しっかりと噛む。それでも寄った眉のしわは伸びなかった。
(なんか違う・・・)
見た目はあの時の玉子焼きと変わらない。味も変わらない。なのに、何かが違うのだ。
何かが違うのだが、何が違うのか分からない。料理を滅多にすることのない沖田には判別出来ない違いが確かにそこにある。そこまでは分かっているのに、何が違うのか分からない。
考えても分からないと分かっていながらモヤモヤとした何かを抱えたまま食べた焼鮭はしょっぱかった。