真選組隊士規則「局中法度」が最近一つ追加されたせいで、全く関係のないはずの僕の日常が少しながら変わっていった。
第46条。万事屋憎むべし しかし新八君だけには優しくすべし。
元々は前半部分しかなかったのが、近藤さんによる見え透いた姉上へのアプローチのために追加された。元々腐れ縁のような関係である万事屋と真選組が今更憎まれたところで、僕ら万事屋は何も変わらない。
とはいえ、憎まれることで面倒なことが増えるぐらいなら優しくされる方がありがたいのも事実だった。姉上もちょっとやそっと優しくされたぐらいで変わるような人でもないので困ったことは何一つないだろう。そう思っていた。
ほぼ毎日のように真選組の誰かから届くお土産の品々。道を歩けば昼夜構わず挨拶され、変な人に絡まれて困っているとボディーガードのようにどこからか出てきて追っ払ってしまう。おかげで歌舞伎町で「万事屋にいるただの眼鏡」から「万事屋にいる何故か真選組と深い関係のある眼鏡」に変わってしまった。
局中法度を利用してふざけていた銀さん達が飽き始めた頃には、狭く感じた肩身にも慣れ、結局は日常の一部となっていく。
そんなある日の事だった。
窓辺から落ちる温かい太陽の光に影が落ちる。筆を止めて見上げると気だるげ表情を浮かべた沖田さんがこちらを覗き込んでいた。
「まだ続いてたんですかィ。それ」
「えぇ、まぁ・・・って、沖田さん何しに来たんですか」
僕の問いかけを無視して沖田さんは足を乗り上げて窓枠から部屋へと侵入する。机の上を思いっきり踏まれ、手紙にくっきりと足跡が残る。結構綺麗な字で書けていたのに。真選組はどいつもこいつも玄関から入ることを知らないのだろうか。
「護衛」
「はあ?」
僕の護衛より手紙の護衛をしてくれ。おかげでもう一度書き直さないといけなくなったじゃないか。
護衛と言いながら座り込み、壁にもたれて腕を組む姿を見ていると腹が立ってくる。台無しになった手紙をぐしゃりと握りつぶすとゴミ箱に投げ入れる。コン、と音を立てて外れるのが余計むかつき、声が自然に荒くなる。
「別に護衛されるようなこと、僕はしてないですけど」
「これから起こることを防ぐのも護衛ですぜ」
「いや。だからこれからも何も、僕は今日も昨日も何も―――」
「新ちゃん?」
ふすまの向こうから聞こえた姉上の声が僕の声を遮る。「開けるわよ」と言いながら戸を開けると姉上が沖田さんを見つけ目を丸くした。
「あら。真選組が新ちゃんと仲が良いと思ってたけど、一番隊隊長様がこんなところまで来てるなんて。新ちゃんが何かしたのかしら?」
「姉上!僕は別に」
「あぁ。ちょっと新八くんに用があって・・・というよりは、約束がありやして」
「ッがぁ!?」
約束?聞いてもない言葉に反論しようと開いた僕の口を封じるように、沖田くんは僕の首に手を回す。力強く回された腕は絞殺されてもおかしくはないくせに、相変わらず呑気な声が頭上で聞こえてくる。
「自分で美味い飯屋があるなんて言っておきながら、忘れていやがりまして。仕方ないのでここまで迎えに来たまででさァ」
何も言えずもがく僕を特に気にする様子もなく「そうだったの新ちゃん?ダメじゃない」なんて姉上は言ってくる。姉上、ダメなのはこいつだ。
「というわけで新八くんをお借りします」
「ッおい!お前いいかげッ!?」
やっと出せた声を抑え込むようににこやかな笑顔で先ほどより強く締められる首。このままじゃ声どころか命ごとお陀仏だ。沖田くんの力に立ち向かうどころかされるがままに、やや乱暴に立ち上がって連れていかれるまま部屋を出ていく。
「あっそうだわ。沖田君。お菓子作ったのだけれど、よかったら」
そう言って姉上の影から怪物と呼んだ方が相応しい何か現れる。小さな悲鳴が喉元で鳴った瞬間、僕は沖田くんの行動の意味に気づいたような気がした。
「そいつをあげるならちょうどそこの押入れの中にいる近藤さんにあげてくだせェ」
では。そう短く告げてそくささと歩いていく沖田くんの後ろを追いかける。「いってきます」と言った時に見えた姉上の穏やかな表情が恐ろしい。静かに佇む後ろ姿に静かな殺気がおびただしいほど伝わり、固唾を飲んだ。
これ以上は見ない方が良い。
いつもは静かで平和な道場ににゴリラの悲鳴が響いたのは、家の門をくぐった時だった。
「あの、ありがとうございました」
街中に入るまで静かで気まずかった空気を破るように話しかける。それでも沖田さんの表情は相変わらず眠そうな顔を浮かべ、気だるげに答えた。
「局中法度に従ったまででさァ」
沖田さんはきっと、ストーカー行為をしている近藤さんを探しに来たのだろう。その時に姉上が料理しているのが見えたのか、近藤さんを利用して僕を連れ出してくれたのかもしれない。局中法度とはいえ直属の上司を犠牲に僕を護衛するのは如何なものかと思うが、そこまで心が痛まないのも確かだった。
「で、どこいくんでィ?」
「え?」
「俺もう腹減りまくってて死にそうでさァ。美味い飯屋、教えてくだせェ」
そう言って沖田くんはニヤリと笑う。沖田総悟という男が、単純な優しさや、局中法度なだけで僕みたいな奴を助けるはずがなかった。
「・・・これで貸し借りはなしですよ」
「ケチくせぇ事いうねぇ」
咄嗟に出てきたはずなのに袴の裾に何故か入っている財布を開き、中身を確認しながらだいぶ昔に銀さん達と行ったラーメン屋へと向かった。