空っぽの部屋の中に静かに風が吹く。優しい陽だまりが茶色いフローリングからあぐらをかいた丈の足元を照らしていた。
「なんもねぇな」
後ろから聞こえた声に振り返ると、廊下から出てきたヤマトが丈の隣に座り込む。カーペットの無くなったフローリングは痛く、長く座ることはできない。
「もう全部出しちゃったしね」
「こう見てみると、思ったより広いもんだな」
「うん」
辺りを見回しては運んでしまった家具の配置をぼんやりと思い出す。悲鳴をあげそうな程本がギチギチに詰められた本棚。それにも入りきらない本たちは床や机に積み重なって放置されていた。クローゼットに適当に放り込まれた服。寸法を間違えた大きなベットと小さなテーブルの間に座って、肩がくっつくほどの距離で何回も夜を過ごした。
「あっちに行っても元気でな」
「うん」
「ちゃんと飯、作って食えよ」
「わかった」
ポツリ、ポツリと零れそうな会話が続いては、風が二人の間を抜けていった。暖かくて、少し寒い。
もうすぐ約束の時間がやってくる。
「もう行かなきゃ」
「そっか」
2人は立ち上がって戸締りをすると、玄関へと向かう。振り返ってしまうと全てが戻ってきそうで振り返れなかった。ドアノブに手をかけた時、後ろから名前を呼ばれる。
「丈」
優しくて凛としていて、大好きだった。
「あの、さ」
その声も今は少し震えていた。ドアノブに込める力が強くなる。
「━━━元気でな」
「・・・うん」
安堵と悲しみが丈の中で渦巻く。振り返ったらどんな顔をしてるのかなんて、知りたくない。
扉をゆっくり開けると、陽だまりが丈を照らす。車と人が賑わう音が鼓動をかき消した。
遠くに見える桜の花は、まだ咲いていない。