「うわ・・・」
灰色の空から大粒の雨が降り出していた放課後。突然の雨に立ち尽くすヤマトの横を生徒たちは傘をさして歩いていく。
出かける前に「今日は一日晴れるでしょう」とテレビの中で笑って送り出した天気予報士を信じたヤマトの手に中にはもちろん、傘はない。やや強めの雨が地面を叩きつけている様子を見れば、このまま家に帰れば全身びしょ濡れ、雨避けにしたカバンの中身はずぶ濡れだろう。
だからといって借りれる傘もない。太一や光子郎の行方は知らないし、わざわざ電話をかけてまでしようとは思わない。八方塞がりとなったヤマトは小さくため息をついた。
(・・・走って帰るしか、ねぇよなぁ)
この雨の中ではカバンを雨避けの意味をなさないだろう。なら一層の事カバンを守る形で帰った方が良い。ブレザーの中にカバンを挟み込もうとボタンを外した時だった。
「ヤマト?」
斜め後ろから聞こえた聞き覚えのある声に振り返ると、空が不思議そうな顔でヤマトを見ていた。
「空」
「・・・何やってるの?」
「いや、今から帰ろうかと思って」
「この雨の中?傘は?」
「忘れたんだよ。まぁ、走って帰れば大丈夫だと思うんだけど」
空の手に握られた淡いピンク色の傘に目が入るが、流石に空に頼めるほどの度胸はなかった。
「じゃあ、またあし――」
た。そう言って走っていこうとしたヤマトの腕を空が掴んだ。突然のことで呆気にとられたヤマトを他所に空の眉毛は吊り上がる。
「ちょっと、本気?この雨の中、走って帰るなんて」
「そんなこと言ったって、傘もねぇんだからどうしようもないだろ」
「・・・傘ならあるじゃない」
「えっ」
少し俯いた空の視線の先にある、手に握られた赤い傘と空の顔を交互に見る。
まさか、そんな。
頭の中が混乱の渦となっているヤマトを他所に、空は赤い傘を広げてヤマトを見る。いつもの穏やかな赤い目とは程遠く、力強い眼差しが「絶対に逃がさない」という強い意志を感じる。
「いや、流石にそれは」
「だからってほっとけないじゃない」
「だ、だけどよ」
「もう、いいから入りなさいよ!」
半ばヤケクソ状態になっている空は勢いよく傘をヤマトに差し出した。こうなってしまったらもう入る以外の選択肢はヤマトには与えられておらず、思わず周りを視線だけで見渡す。かろうじて、誰もいないようだった。
「じゃ、じゃあ」
ぎこちなく入った傘の中はやはり狭く、肩が当たりそうだった。空が持つ位置では少し低く、頭に当たりそうだったヤマトを気遣って高めに持っていた傘を「持つよ」「うん」と交わした会話以降、何もしゃべることが出来ない。
赤色がカラーフィルムのように映るせいなのか、空の顔が赤っぽく見えた。
「・・・ちょっと」
「な、なに」
急に上がった顔に驚き、たどたどしい声で返事をしてしまう。ずっと見ていたなんて、バレてないだろうか。
「濡れてるじゃない、肩」
「まぁ、そりゃ、二人用の傘じゃないからな」
「だったらもっと、こっちに寄ってよ」
「っ」
空が言っている言葉にはきっとヤマトの考えるような疚しいことはない。だが、ヤマト自身はそういうわけにはいかず、躊躇っているところをまた睨まれる。
「わ、わかったって」
ゆっくりと寄っていく先、そっと触れた肩に心臓が強く掴まれたように痛かった。平常心、と心の中で繰り返しながらも、静かに歩く。
ふと、空が何かを呟いた気がしたが、雨音と心臓の音が煩くて聞き取れなかった。
だが、さっきよりも赤く染まった空の顔が、ヤマトの目にしっかりと映る。
(・・・やっば)
雨の日なのに顔がすごく熱い。早まる鼓動が時限爆弾の秒針のようで、今、空がこちらを向いた瞬間に大爆発を起こしそうだ。
なのに、この雨の日がまたあればいいのに、なんて思ってしまった。