「あのさぁ」
夕焼けが差し込む職員室は昼間とは違った空気を生む。校庭で部活をする運動部の暑苦しさとは真逆の死んだ魚のような先生の目が俺を見上げた。
「先生もさぁ、君に自慢できるほど真面目な学校生活を送ってたわけじゃァないんだけどさァ・・・先生である以上、注意しないといけないわけだ」
「へィ」
「まぁ薄々分かってると思うけど。というか分かってなきゃ困るんですけど」
「へィ」
もう何度目のお叱りだろうか。数を数えるのも面倒になってくるほど先生に呼ばれ、こうして怒られている。とはいえ先生も段々諦めているのか、投げやりな言葉しか掛けてこなくなってくる。
「先生そろそろ他の先生に言われるのも面倒なんだよねぇ沖田くん。まぁうちのクラス?問題児しかいねぇから。沖田くん一人がどうのこうのって話じゃないんだけどさぁ」
「へィ」
ついに鼻をほじり始め、内容に愚痴が混ざってきた。ここまでくると先生の愚痴に「まぁまぁ」と相槌を適当に打っていれば終わってしまう。今日はいつ帰るのだろうか。チラリと横目に見た夕日が眩しくて目を細める。
「・・・沖田くぅん?聞いてる?」
「へィ。聞いてやせんでした」
「うわぁ正直」
あまりもの清々しい返事にに先生はため息をついて、俺が見ていた夕日を同じように眺める。薄暗い銀髪も光に当たればキラキラと輝いて、綺麗だった。
「わざと?」
「へ?」
分かりやすくすっとぼける沖田の声に先生は眉を寄せる。死んだ魚のような目をしていながら、見えるところは良く視えるらしい。
「わざとだったら、怒りやすか?」
へへっ、とわざとらしく笑ってみせる。憎たらしい笑顔にも動じず目線を逸らすばかりの先生。気にせず髪を人差し指で触る。くるくるした天然パーマの毛先は案外パサパサで、優しく撫でてやればカールが指に優しく絡みついてくるのが愛おしい。
「―――総悟」
「えっ」
突然呼ばれた名前にドクンと大きく脈打つ。一瞬揺れた視界の隙を突くように伸びた先生の手は俺の手を引っ張った。まさか、大胆な。そんな浮きだった俺の気持ちを地に落とすように、額から鈍い音と衝撃が走る。
「ってぇ・・・」
ジンジンと続く痛みで思わず頭を抱えて蹲る俺の頭上で、先生が小さく笑う音がした。
「せんせーに怒られてるのにも関わらずヤラシイ気持ちを抱いた沖田くんは、これでも持って廊下に立ってなさい」
そう言って差し出したのは行間の狭い罫線が引かれた一枚の紙。きっと反省文を書く紙だろう。それを受け取ると俺に見向きもせずにPCの画面を見つめ、キーボードをカタカタと打ち始めた。
こうなってしまってはもう構ってはくれない。俺は先生にこれ以上話しかけることなく、職員室をでて、廊下に立つ。
廊下に立ってなさい。なんて、一緒に帰りたいならそういえばいいのに。
相変わらず、素直じゃない人だ。
自然と頬が緩んでしまう。誰もいない冷たい廊下の壁にもたれ込んで、先生を待ちながら見る夕焼けはとても綺麗だった。