気がつくと会社のオフィスにいた。
大きな窓越しの太陽が背中をジリジリと照らしている。目の前の画面には様々なソフト、ファイルが敷き詰められている、いつもの仕事画面だった。
もしかして居眠りをしたのだろうか?
記述が途中で止まっているプログラムの羅列を見ながら光子郎は頭を抱える。いつもより頭が重い気がした。
いつもも業務に加え、社長として人前に立つ場面が多くなり、それに伴う資料作成が重なっていてまともに睡眠を取れていない。とはいえ皆が必死に働いてる中、1人だけ居眠りをしてしまうのは許されることでは無い。
少し顔を洗って来ようと、光子郎は立ち上がってトイレへと向かった。
廊下に出るとガラス越しに人影が揺れている。社員たちが頑張って仕事をしているのだろう。だが、それにしては少し静かすぎるような気もしたが、ぼんやりとしている光子郎の頭ではそこまで気が回らなかった。
洗面台の前に立ち、顔を洗う。数回、顔に水を打ち付け、手で触れた。
その瞬間だった。
ドロリ。
明らかに違う感触に慌てて顔を上げると、自分の顔がスライムのように溶けだしていた。
「なんだ、これ、!?」
顔を必死に抑えながら後ずさりをする。指の間を謎の液体がすり抜け、ボタボタと落ちて白いシャツを汚していく。
必死に顔を押さえ込んでも、歯、目玉、唇、鼻が形状を半分だけ残しながら、流れるようにボトリ、ボトリと床に落ちていった。状況を理解できない光子郎を嘲笑うように、落ちて形状が崩れた目玉がこちらを見つめている。
血の気が引いていくのはわかる。頭が酷く痛み、大きく息を吸っているはずなのに体にはひとつも酸素が入ってこないような感覚に陥る。
苦しい、怖い、誰か、助けて、やめて、来ないで、助けて、見ないで、誰か。
意識が朦朧とし、立つことが困難になってその場に崩れ落ちる。バシャリ、と水の音が静かに響く。それでも指の間を通り抜ける感覚は消えず、頭がおかしくなりそうだった。息も正常にできているのかも分からない。
ヒュッ、ヒュッ、とかろうじて聞こえる音でさえ、幻聴のような気がした。
息苦しさが増し、気持ち悪さが光子郎の体を駆け巡る。倒れそうになる体を支えるために、溶け出した「顔だったもの」に手を付ける。洗面台から溢れ出す水と入り交じった濁った水が、光子郎のズボンを汚していく。
まただ。朦朧とした視界の中、僕の目玉が僕を見つめる。口が笑う。まるであの時のように。
「くそッ・・・!!」
現状出せる力を振り絞り、腕を振り下ろす。地面に着いて水が跳ねる音がはっきり聞こえたような気がした。
「—―—―———ッ!?」
勢いよく引き戻されるように目が覚める。
朝日少しだけ昇っているもののまだ薄暗く、ひんやりとした空気がオフィスに漂う。
荒い息を落ち着かせるように深呼吸をすると、少しづつ状況を思い出していく。
昨日は大量の仕事を終わらせるためにオフィスに残っていたが、片付いた頃には深夜を迎え、諦めてソファで寝たことを思い出した。
節々痛む体を起こし、顔を触る。大丈夫だ。崩れることもなければ、溶け出すこともない。
ただじっとりと汗が浮き出しており、喉が酷く乾く声が出にくかった。
机の上にある飲みかけの烏龍茶を流し込んで一呼吸置くと、スリープモードになっているPCを立ち上げる。
以前、社員が夢占いについて話していたのを思い出したのだ。あまりスピリチュアルな事は信ぴょう性が薄いため信じてはいなかったが、これだけの強烈な夢が示す意味は知りたかった。
「・・・・・」
出てきた結果に眉を寄せる。占いである以上信ぴょう性のないものではあるのだが、妙に心当たりがあるのが不気味だった。
カレンダーをふと見ると、今日の昼過ぎに商談の予定があることに気がついた。始発で一旦家に帰り、身支度を整えてくるべきだろうか。
はぁ、と深いため息が静かなオフィスに響いて消えていった。