程よい音量で静かな洋楽が流れるおしゃれなカフェの中は、PCで何か作業をしているサラリーマンや買い物帰りの休憩として訪れた主婦、友達と甘いスイーツを食べながら仲良く談笑をしている高校生、ドリンクを片手に誰かを待ちながらスマホを操作している女性など、各々が有意義な時間を過ごしていた。
そんなゆったりとした空間が流れる空間で、健良と留姫は久しぶりの再会を果たした。
「ひさしぶり」
「・・・・」
健良の挨拶に留姫は目を見開いて答えた。小学生の頃はいつも結んでいたポニーテールは下ろされ、胸元に綺麗な刺繍があしらわれた紺色のブレザーも相まって大人びている。「こっち、座るね」と留姫と反対側の席を指さしながら、返事を聞かずに健良は席に着いた。
「ちょっと」
突然の再会にフリーズしていた留姫の声が聞こえたのは健良が一杯のアイスコーヒーを注文した時。「ちゃんと払うから」と言ったのは店員が去った後だが、留姫が言いたい事はそんな事ではないことも分かっていた。
「なんでこんなところにいるのよ」
「人待ち」
「人待ちって。アンタの通う学校と全然方向違うじゃない」
健良の通う学校と場所を覚えていたことが意外だったが、あえて顔に出さずに話を続けていく。
「僕の通う学校からは遠いけど、あっちの学校からは近いんだ」
「わざわざこっちまで来て、ご苦労様ね」
少し嫌みっぽく言葉を吐いた留姫は、水滴がびっしりと付いたカフェラテのストローに口をつける。あそこまで氷が溶けてるとほぼ水に近いような気がした。
「まぁ、こっちに用事があるからね」
「そんなアンタがここで油売ってて大丈夫なの?」
「うん。待ってる人は留姫も知ってる人だから」
「・・・・・」
普段から女性にしては鋭い目をしていた留姫の目が更に鋭くなって健良を刺すように睨んだ。初対面からすれば恐怖を与えかねないその視線も6年の付き合いとなればある程度慣れるが、やはり怖いものは怖いらしい。何となく合わせたくない目線をさらに遮るように、店員が横からアイスコーヒーを差し出していく。
少し気を紛らわすように飲んだコーヒーは苦みがありながらもスッキリとした味わいでとても美味しかった。
「・・・誰よ」
「薄々気づいてるんだろ?」
わざと試すように問いかけに問いかけを返すと、鋭くなっていくのは目だけじゃ留まらなくなっていく。隣にいなくてよかった、と心の中でそっと息を吐いた。
きっと留姫の中に浮かんでいるのはここにいる2人の中で足りないもう1人の存在で、まさに健良が待ち合わせしている少年と一致する。
「まさかアンタ、私がここにいるのを知ってて来たんじゃないでしょうね?」
「そんな事、山木さんじゃないのにできるわけないだろ?」
山木さんでも難しいか。冗談のように呟いたところで留姫の表情は簡単には崩れない。
「敬人にデジモンカードを買いに行くから着いてきてほしいって頼まれて、僕はそんなに詳しくないから博和や健太と行けばいいじゃないかって言ったんだけど、2人とも部活だとかで用事があって行けないからって頼まれたんだ。でも僕だけだと役不足だと思って、留姫の方がこういうの分かるから、空いてるならと思って連絡しようと思ったらこのカフェにいるのを見かけたんだ」
経緯を聞いた留姫はほぼ水に近いカフェラテを啜りながら斜め下に視線を移動させる。
「こうでもしないと留姫、僕や敬人に会ってくれないだろ?」
「・・・会う用事がないもの」
「まぁ、会う理由も特にないからね。僕ら」
デジモンで出会った3人はあの時からデジモンの事ぐらいでしか会う事がなかった。テリアモン達がデジタルワールドへと帰っていってからは学校で顔を見かける程度で、中学へ進学していくと各々の忙しさ故に段々会う回数が減っていき、高校生になった今では敬人からの誘いで健良は何回か会っているものの、留姫に至っては「今日出会ったのが半年ぶり」だった。
「・・・もし、留姫が迷惑だと感じるなら、
僕は今からでもこの店を出るよ」
浮かない顔を浮かべる留姫に投げかけた提案は、健良にとって思いやりであり賭けでもあった。
健良だって久しぶりに3人でいたいと思う。
それはきっと留姫も一緒だと信じたかった。
「敬人にはまだカフェにいることは言ってないし、すぐやっては来ないと思う。僕が今、この店を出れば大丈夫だ」
モデルをしている母親譲りの整った眉が少しだけ歪む。視線を落とせば長く伸びた睫毛が良く目立っていた。
「留姫」
呼んだ名前の先を健良に言わせないように、留姫はベルに手を伸ばした。軽やかな音が鳴って、白いシャツに茶色の腰エプロンを巻いた店員が「ご注文ですか?」と問いかける。
「チーズケーキセットを1つ。ドリンクはアイスカフェラテで」
先ほどの鋭い目線とは全く違う優しい目線に柔らかな声で注文を唱える。店員が健良へ注文を聞こうとする前に「以上で」とはっきり伝えると、店員は注文内容を復唱して去っていった。
「・・・・留姫?」
「これでチャラにしてあげる」
ふん、と鼻を鳴らして留姫はそっぽを向いた。その頬が少し緩んで見えたのはきっと見間違いではないのだろう。
久しぶりの再会に湧き上がる嬉しさを乗せて敬人にメールを送ると数秒足らずで「今すぐ行く!!」と返ってきた。敬人がやってくるのを待ちながらメニュー表に目を落とすと、予想以上に値段が張るチーズケーキセットを見つけてしまい、健良は財布の中身を思い出しながら静かに眉を寄せた。