その日は珍しく、2人だけで帰った夜だった。
デジモンに関することで話し合いをするため、いつもの公園に7人が集合した後、いつも光子郎と一緒に帰っていた太一とヒカリは家族との用事で話し合いが終わった後に駆け足で帰っていった。
今日は1人で帰るか、と思っていたところに丈に声をかけられ、現在に至る。
丈曰く、「この時間に一人で帰るのは危ないから」という理由らしい。しっかり者の丈らしいと思いつつも、それ以外の理由なんて存在しないのだろうと、少しだけ期待して落ち込んでいる自分がいた。
2人で帰るとはいえ、特に話すことは無い。丈も光子郎もどちらかと言うと聞き手に回る方なので、太一やヤマトのように色々話せる話題なんて持ち合わせていなかった。
でも、そんな静かな空気をまとっても気まずさというものを不思議と感じない。丈の顔をチラリと見ても特に気にしてない様子だった。無理に話題を出さなくて済むことがお互いにとっていい方向に働いているのなら、まぁいいか、と楽観的に片付けた。
静かな夜に2人の足音だけが響く。夏場とはいえ夜はまだ肌寒く、丈の折り曲げていたはずの袖が伸びていたことに気が付いた時に目が合った。
「ちょっと寒いですね」
「夏になったばかりだからね。大丈夫?」
「これぐらいなら全然」
「そっか」
再び訪れる静寂のせいで心臓の音が少しだけ大きく聞こえる。丈と出会ってからかれこれ6年程経つのにこんな会話だけで少し緊張してしまう自分を情けなく思ってしまう。丈はそんなことを思ってもいないだろうに。
「今日の月、綺麗ですね」
なんとなく空いた間を埋めるように呟く。
満月には満たない月だが暗闇を照らすには十分の輝きを放っていた。「ほんとだ」と丈も一緒に見上げる。
「でもちょっと欠けてるね」
「ですよね。やっぱり、満月の方が綺麗ですよね」
話題にするにはやはり付け焼き刃だったか。「すみません、変なこと言って」と訂正しようとした時
「そうかなぁ。僕は綺麗だと思うよ?」
「えっ」
「えっ、て。光子郎が言い出したんだろ?僕はたとえ満月じゃなくても、この月は綺麗だと思うよ?」
月を指さしてニコリと笑う丈。下手くそな話題の振り方をフォローされたのだろうか。変にネガティブな思考が回り始め、たどたどしく返事を返すことしかできなかった。
「月が綺麗ですね。って、実は別の意味があること。光子郎は知ってる?」
「別の意味・・・?その、月が綺麗ですねという言葉にですか?」
「うん。どんな意味があったかよく覚えてないんだけど、面白い意味があったと気がするんだ」
「気になりますね・・・帰って調べてみますね」
「うん。調べてみて」
ニコリと光子郎に笑いかけた丈は「じゃあ、僕はこっちだから」と右に開いた道を指さす。
「今日はありがとうございました。塾で忙しいのに来てもらって」
「ううん、大丈夫。塾があるとはいえ、デジモンの事はほっとけないからね」
「まぁそうですね。じゃあまた」
「うん。気を付けて」
「あっ、そういえば・・・」
無事に帰宅しご飯などの用事を済ませた後、デジモンに関することで調べ物をしていた時に丈が言っていた「月が綺麗ですね」の言葉の意味を調べることを思い出した。
よく覚えてない、と言っていたが、もしかしたら気づかず丈に失礼なことを言ったのではないかと不安が募り、エンターキーを押す指が止まる。
わざわざ調べてみて、と言ったということは、その意味を知ってほしいわけである。「実はその言葉は失礼な言葉だから気を付けなよ。光子郎」と遠回しに言われているような気分で、なかなか踏み出せない。
が、結局は知りたがる心が勝ってゆっくりとエンターキーを押してしまった。
「なっ・・・!?」
ディスプレイに映る検索結果に思わず声が出る。
体温が一気に上昇して、近くに置いてあった携帯を開いて電話をかける。プルルルル、と鳴る電子音にリンクするように心臓の音が大きくなり、汗が流れる。
「もしも「丈さん!?」うわっ」
食い気味に出た光子郎の声に驚くも、「どうしたの?」とのんびりした声が返ってくる。
「違うんです。あの、あの時のはそういうことじゃなくて!」
「何が・・・??ちょっと一回落ち着いて」
「だから、月が綺麗ですねって言ったのは、そういうことじゃなくて・・・!」
「あー・・・・調べたんだ」
「え、えぇ。まぁ・・・・でも、僕が言ったのはそう言う事ではなくて、ほんとに月が綺麗だなって思って言ったんです」
「そっか。光子郎はそうなんだね」
「えっ?」
光子郎は、と強調されたことに違和感を持ってあの時の会話を思い返す。月を指さして呟く丈の顔を思い出して、落ち着きかけた心臓の音がまた大きくなっていき、体温が徐々に上がっていく。何を言えばいいのかわからないまま沈黙が流れる。
「ねぇ、光子郎」
「は、はい」
「月が綺麗だね」
もう一度言ったのは今すぐ答えが欲しいからなのか。それとも意味を理解した上でもう一度問いかけたかったのか。
そんな事を考えるほどの余裕は光子郎にはなく、感情の整理がつかないまま、窓越しに見える月を見上げ「僕も、そう思います」と返した。