「誕生日おめでとう」
家のドアを開けた途端に目の前にプレゼントを差し出される。目を丸くするヤマトとは対照的に、丈はいたずらに笑って見せた。
「・・・ありがとう」
「反応薄いなぁ」
「玄関で渡すか?普通」
文句を垂れる丈を家の中に招き入れる。紅茶か何か、もてなすものがあっただろうかとふと視線を落とすと、靴を脱ぐ丈の頭に桜の花びらがついていた。花びらを付けたまま気づかずにここまでやってきたのだろうか。ちゃんとしているようでどこか抜けているところは相変わらずで、そっと摘まんで丈の目の先に差し出す。
「これもプレゼントか?」
「えっ、何それ」
「お前の頭についてたんだけど」
「え゛っ」
丈は慌てて自分の頭を撫でまわすと、指の間からサラサラと紺色の髪が流れていった。
「もうついてねぇよ。それより、大丈夫なのか?勉強しなくて」
「今日ぐらいは良いだろ?それに、直接言いたくてさ。恋人だし」
恋人、そんな言葉が出てくると思ってなくて少し驚いてしまう。そんなヤマトを見た丈が不思議そうな顔を浮かべた。
「えっ。間違ってないだろ・・・?」
「あぁ、うん。悪い。ちょっとびっくりした」
まぁ座れよ、とリビングに促して戸棚から紅茶を取り出す。電気ケトルで温めておいたお湯をポットに注いで茶葉を入れる。2人のマグカップを机の上に置きに行くと「あっ」と丈が声を上げた。
「どうした?」
「大丈夫だったの?お父さん」
「あー・・・あと1時間ぐらいで帰ってくるけど、大丈夫」
「えっ、それなら今日は」
「大丈夫だから」
「・・・そう?」
置かれたマグカップや奥にあるポットで色々察してくれたのか、丈はそれ以上特に聞くことはなかった。たまたまつけていたテレビをぼんやりと眺め、ゆっくりとした時間が流れる。
「そういえばさ」
「ん?」
「しばらく、同い年だね」
頬杖をついてテレビを見ていた丈が嬉しそうに笑う。ヤマトの誕生日の約一ヶ月後に丈の誕生日がやってくるのだが、その間はヤマトも丈も、同じ19歳になる。
「嬉しそうだな」
「そりゃ、同い年だからね。僕の事、同い年だと思って接することが出来るんだよ。1ヶ月間」
「最初っから年上だとか気にしてねぇよ」
「何それ。年上なんだけど、僕」
「年上でも同い年でも、丈は丈だろ」
まぁそうだけどさ、とふくれ面を浮かべる丈に紅茶を差し出す。
自分だけが嬉しかったのが残念だったのか、紅茶を飲んでも眉間に寄ったシワは消えなかった。丈の隣に座って名前を呼ぶ。振り返った丈の顔にそっと近づいて、優しくキスをした。
「ごめんって」
「・・・・そんなに簡単な男じゃないんだけど」
「知ってる。どうすればいい?」
丈の黒い瞳が揺らぐ。年上だと言っていた威厳はどこかへ消え、分かりやすく困った顔を浮かべる。その顔も愛おしくてまたキスをしたくなるのを堪え、丈の返答を待つ。
「目、瞑って」
「目?」
「いいから」
丈に言われるがまま目をそっと閉じる。手の甲に丈の指がそっと触れる感触に少しだけ肩を震わせてしまうが、それを気にされることなく上から握りしめられる。丈の匂いが鼻をくすぐり、心臓の音がバクバクと高鳴り始めた時
「ふっ」
「うわぁ!?」
突然耳元に息を吹きかけられ、ヤマトは大声を出して立ち上がった。吹きかけられた左耳を押さえ丈を見ると、丈は口を手で押さえて笑うのを堪えていた。
「お前っ」
「キスされるって思ったでしょ」
ヤマトの思うことはお見通しだったのか。少しだけ顔を突き出したのが恥ずかしくなり、顔が真っ赤になるのがわかった。
「はぁ、面白かった」
「全っ然。面白くない」
ひとしきり笑って疲れたのか、ふぅと一息入れて紅茶を飲む。「美味しいね」と言われるが、ヤマトはそんなことはどうでもいい。優位に立てたと思った矢先にこんないたずらをされるとは思っておらず、動揺してるのが少し悔しい。
丈の顔を見ると、一本とれたのがよほど嬉しいのか「同い年だね」と言った時よりも満足気な顔を浮かべているような気がした。
とはいえ、いつもしないような事をしてきたのも同い年になったおかげなのだろうか。そう思うと、同い年であるのも悪くないかもしれない。
ヤマトは紅茶を飲みながら、テレビに夢中になっている丈を見て静かに笑った。