クリーム

 コトリ、と音を立ててPCの横に何か置かれた。
画面から少し目を離してそれを確認した丈のタイピングする音が段々遅くなって止まる。
カップケーキ、というよりはカップの中に入ったショートケーキ・・・だろうか。
クリームとイチゴとスポンジがカップの中で何層にも重なって、白いクリームに大きなイチゴが一つ添えられいる。
ポカンとした顔を浮かべた丈に隣に胡坐をかいて座るヤマトは「ん」とスプーンを渡す。
「ありがとう・・・じゃなくて、これは?」
「ケーキ」
「いやそうなんだけど・・・・なんで?」
「今日誕生日だろ?」
ヤマトは不思議そうな顔を浮かべながら丈のPCのカレンダーを器用に開くと、今日のぎっしり詰まった予定の中に「誕生日:あなた」と記入されていた。


「ほんとだ・・・」
「だと思った」
ふん、とヤマトはため息をついては丈のコーヒーを飲む。ブラックなんか飲めたっけ、と思ったが「にげっ」と声が漏れる。
・・・そういえば実習先の病院でそんな話題を少しだけした気がする。ただその後が鬼のように忙しく、課題も大量にもらってきたのでそれを消化するために帰ってから夜ご飯を済ませた後、ずっとPCに向かっていたので忘れていた。
よく考えたら今日の晩御飯もいつもより品数が多かった気がした。
その時はてっきりヤマトが久しぶりにやる気を出して作ったのか、ぐらいにしか思ってなかったが。
「もしかして、晩御飯も・・・」
「一応な」
本を読み始めたヤマトの返事は素っ気ない。やらかした。いくら最近忙しかったとはいえ、せっかく自分を祝うためにやってくれたことに気づかないのは我ながら酷すぎる。
「あーっ!ご飯!いや~いつもより豪華だなっって思ってたんだけどまさか誕生日だなんて思わなくてさ、でも!でも美味しかったよ?いつも食べてるのも美味しいけど今日は特に!特にロールキャベツなんか・・・」
「・・・ぷっ」
丈の饒舌なべた褒めを無視して本を読んでたヤマトの肩が震え、クスクスと堪えた笑いは丈の声が消えた時に一気に噴きだした。
何が起こったのかわからずに戸惑う丈を他所にヤマトは笑い続ける。


「ヤ・・・ヤマト・・・さん?」
「ひぃ・・・はぁ、ごめん。お前のことだからどーせ、忘れてるんだろうなとは思ってたよ」
「うっ・・・」
「だから別に構わねーよ。俺が勝手に祝ってるだけだし」
「そんなこと言わないでよ!ほんとにおいしかったんだよ?」
「分かったって、ありがとな」
目が合ってヤマトはニコリと笑う。スッと伸びた手は丈の頭をポンポンと二回、軽く叩いた。
完全に子ども扱いされて若干不服だが、今の立場上9割・・・いや10割丈が悪い。
何も言えないことを知っててこういうことをしてくる男なのは長い付き合いで知っていた。
「食べないのか?」
「た、食べるよ」
ケーキにスプーンを入れる。とろりとしたクリームがスプーンから零れる前に口に運んだ。
甘酸っぱいイチゴとクリームが相性が良く、頭を一日使って糖分を欲していた丈にはちょうど良い甘さでとてもおいしかった。
「うまっ・・!?」
「だろ?ちょっと良いやつ使った」
どんどん食べ進める丈をヤマトは頬杖をついて嬉しそうに眺める。そのまなざしは子供を見ると同然だったが、丈は気づかないふりをした。


「あっ」
ケーキの最後の一口を食べようとした丈がピタリと止まった。
「どうした?」
「一口あげるのわすれてた・・・はい」
キョトンとした顔を浮かべるヤマトの前にスプーンを差し出す。カップの周りを集めたクリームが今にも零れそうだった。
「俺は大丈夫だよ、それよりも零れるぞ」
「だからほら、早く!」
ズイッと前に出した時にクリームが垂れそうになる。ヤマトは思わずケーキを食べるが、掬いきれなかったクリームが口の端につく。指で取って舐めては納得のいってない様子だった。
「んー・・・・甘くないか?」
「クリーム多いからじゃない?」
ごちそうさまでした。と丈は手を合わせてスプーンとカップを片付け、PCの前に座って課題を再開する。リズムよく叩くキーボードの音だけが部屋に響いている。


「なぁ」
「ん?なんだ―――んんッ!?」
キーボードを打つ音が途絶え、ドン、鈍いと大きな音が鳴る。PCから目を離してヤマトの方を向いた瞬間に、丈は肩を押され口を塞がれ、そのまま床へ押し倒された。
「ッ・・・んッ、ヤマッ・・・」
押し倒された時に上に乗られたので身動きが取れない。一方的に塞がれる口が、呼吸のために開く瞬間に名前を呼ぶが聞こえていない。仕方なくヤマトの胸を強めに叩くが微動だにしなかった。
それどころか、それが合図と言わんばかりに丈の口の中に生暖かい舌がぬるり、と入っていく。
「んッ・・・んぁッ、ふっ・・・んんッ・・・・」
ヤマトの舌が丈の口の中で暴れまわる。舌を吸われ、噛まれ、奥へ入っていき、口を離したと思えば下唇を優しく噛まれ、塞がれる。酸素が削られ思考が止まる。胸を叩いていた力も段々と弱まり、ただヤマトの服を掴んで耐えることしかできなかった。


限界に到達しそうになった時、そっと口が離れ涎が流れる。青い瞳がこちらを見ていた。満足そうで、でも少し物足りなさそうな目。
「やっぱこっちの方が美味しいな」
「何バカなこといってんの・・・」
どいて、と足を叩いても微動だにしない。突然押し倒されてこっちは背中やら頭やら痛いというのに。ただ真顔でこちらを見てるヤマト。きっと何かを待っているのだろう。
「もう・・・・わかったよ」
はぁ、とため息をついてヤマトの腰に手を回す。その反応に答えるようにヤマトの顔がグッと近づく。ヤマトの後ろ頭をそっと触って、今度は丈から軽くキスをする。
「するにしろ、ちょっとどいてほしいんだけど」
「俺は別にここでもいいぜ」
「僕は床だから痛いの!」
しかたねぇなぁ、とぼやきながらヤマトがどく。起き上がって書いてる途中のレポートを保存してPCの電源を切る。PCを閉じた時にヤマトが立ちあがって手を差し伸べた。
「今日は俺が下でもいいよ」
「どういう妥協なのそれ・・・」
ヤマトの手を握って立ち上がると、そのまま寝室へ向かう。
先にヤマトがベットに転がり、その上に丈が乗る。久しぶりの行為に嬉しいのか、ヤマトの顔が緩んでいた。
もう、と丈の表情も緩んでしまう。

 丈はヤマトの唇にそっと重ね合わせた。さっきのような甘いキスではなく、深く熱いキスを。