「久しぶり」
「えぇ、お久しぶりです。」
数か月ぶりの再会にしては淡白だった。軽い挨拶を済ませて椅子に座った丈はカバンからファイル、PCを取り出す。
今日はDWで医者として働いていた丈が報告を兼ねて帰ってきて一週間が経っていた。
DWと現実世界での時差を調節や、物資の補給をするために定期的に帰ってきては、デジモンの研究をしている光子郎の元へ行き、報告会を開いている。
「何か飲みますか?」
「烏龍茶にしようかな」
「・・・・流石にコーヒーぐらいは出せますよ?」
「ふふ、じゃあお願いしようかな」
いたずらに笑う丈につられて微笑みながら、光子郎はインスタントコーヒーの粉をマグカップに入れ、電気ポットのお湯を沸かす。カタカタとキーボードを打つ音が静かに響いた。
「皆、元気?」
「えぇ。とはいってもほとんど文面だけのやりとりですが」
光子郎は定期的に他のメンバーとも連絡を取っていた。もしものことがあった時に状況を把握できるように、と言っているものの皆と連絡を取るのが楽しみの一つでもあった。都合が合えばこうして会うことも多いが、大半がメールでの近況報告ぐらいだった。
「そっか。数か月ぶりだから皆の事どころか最近の事も分からなくてさ。前来た時に流行ってたのも帰ってきたら落ち着いてたり、まるでタイムスリップしてるみたいで」
「DWは流行りとかないですからね・・・どうぞ」
「ありがとう」
丈は光子郎に差し出されたコーヒーに角砂糖を一つ入れる。ブラックでも飲めないわけではないが、頭を使うと糖分を欲するのが癖になったのだろう。光子郎も一つ、角砂糖を入れた。
「で、どこから話そうかな・・・」
「どこからでも大丈夫ですよ」
「じゃあ、迷わずの森での事なんだけど・・・」
渡された封筒を開いて資料に目を通しながら丈の話を聞く。丈はDWで医者をしているがDWやデジモンの調査も担っていた。DWで何度も冒険をしてきた丈は他の調査隊に比べて経験もある。もちろんDWに行ったことのない人たちの目線から見た報告も十分な情報源になるが、丈は昔との比較ができるし気づかないところにも気づいてくれるところには光子郎もありがたく思っていた。
だが、本業は医者だ。医者をしながら調査をしてもらうのはかなりの重労働だとは自負している。なのであまり多くの事は頼まないようにしているし、頼まない時だってある。
だが、「光子郎の力になりたいんだよ」と言ってはあれこれ受け持ってくれる。お人好しというか優しいというか、光子郎も思わずその好意に甘えてしまっては後で悔やんでしまっていた。
報告会を終えた時には太陽が落ちかけ、部屋が薄暗くなっていた。底をつきそうなコーヒーを飲み干し、机の上を片付ける。今回はあまり頼まなくても良くなったので助かった。
「そういえばさ」
机を片付ける手を止めることなく、ポツリと丈はつぶやいた。
「なんでしょう」
「光子郎は、最近どうなの?」
目は合わなかった。が、その言葉で光子郎の手が止まる。なんとなくだが、丈の言いたいことはわかっていた。
あの日の、あの時の返事が欲しいのだろう。
「光子郎、君の事が好きだ」
この日も報告会が終わった後、言いたいことがあると言われ、飛び込んだ言葉がこれだった。
「・・・・・え?」
あまりの突拍子のない言葉に固まる光子郎。何が、好きなんだ?気づいていながらそれを信じれずに回避しようと頭を巡らせた。泳いでいた目が丈と合う。真っすぐで綺麗な黒い目は嘘でも冗談でもないことを証明していた。暑くもないのに汗が流れる。
「それは、どういう、」
「恋人として」
つぎはぎで繋いだ言葉に食い気味に答える丈。突きつけられた真実に逃げ道はなくなった。丈が、自分を?
「えっ・・・・と、その、ごめんなさい」
「・・・・だよね。ごめん、変なこと言って」
「あっ!えっと、そういう事じゃなくて!」
悲しそうに笑う丈に光子郎は慌てて訂正する。
光子郎は丈の事が好きだ。けれどそれは友達として、仲間としての好意であり、恋人としての好意とは全く別物である。それに対して光子郎はどう答えたらいいのかわからなかった。恋人という関係になることがどういうことなのか、それによって今の関係にどのような影響が及ぶのか。知識も経験もない光子郎には知る由もない。
「その、丈さんの事は勿論好きです。けど、丈さんをそういう目で見たことがないので、どうしたらいいのかわからなくて・・・」
「光子郎・・・」
「だから、その、そんなすぐには答えられないというか。そういうのって、ちゃんと答えを出すべきですし・・・。丈さんの気持ちに半端な覚悟では答えられないので・・・えっと・・・・」
段々自分が何を言っているのかわからなくなってきた。
こんなことを言ったら「恋人として受け入れる時間が欲しい」と言っているようなものではないか?そう勘違いされても困る。どうにか自分の意図をちゃんと伝える言葉を探していると、丈が静かに笑う。
「光子郎らしいなぁ・・・ごめんね。確かにそうだ。急に言われても分かんないよね」
「丈さん・・・?」
「だから、僕待つよ」
「えっ」
「そんなすぐすぐ僕の恋人にしてくれ、ってなれるとは思ってなかったし・・・むしろダメだと思ってた。でも、光子郎がちゃんと考えて答えを出してくれるなら、僕待つから」
それがどんな答えでも。そう続けた丈は切なさを帯びた笑顔だった。
「すみません・・・」
「いいや、むしろありがとう。突然こんなこと言ってごめんね?」
「いえ、が、頑張ります」
何を頑張るのか、光子郎にはわからなかったが、そう言われて笑う丈の顔を今でも覚えている。
「・・・光子郎?」
「わっ」
あの日の事を考えていて周りが見えていなかった。気づいたら机の上は片付けられて、対面していたはずの丈は隣で心配そうに見ていた。
「す、すみません。ちょっと考え事をしてて」
「そっか」
安心したような、悲しそうな顔を浮かべた丈はその場を離れて自分の荷物を持つ。
「じゃあ、帰るね。光子郎も大変だと思うけど、頑張って」
「あっ、はい。丈さんはしっかり休んでください」
「うん、ありがとう」
優しく微笑んで扉へ向かう丈をそっと追いかける。これでいいのか?これでよかったのか?
ドアノブに手をかけて扉を開ける。「じゃあ、また」と閉じていく扉を押さえる。驚く丈の顔を見て焦りが募る。どうすればいい。頭を回転させて考える。
「あっ、あのっ!」
「な、何」
突然の大きな声にビクッと肩を揺らす丈。次はちゃんと丈の目を見て、まどろっこしいことは考えなくていい。
「僕、好きな人が出来たんです」
「・・・そう」
「えっと、背が僕より高くて、真面目で、頑固で・・・少し不器用なところがあって、でも一度決めたことは絶対に曲げない、誠実な人で、昔から誰かのために一生懸命頑張って、誰かのために自分を犠牲にしてしまう、危なっかしい人なんです。だから」
「光子郎」
「だから、僕、実はッ――――」
丈さんの事が好きなんです。そう言いかけた光子郎の体はグイッと抱き寄せられる。心臓が爆発しそうな音が体中に響き、何も言えなかった。抱きしめられる腕の力がグッと強くなり、丈の髪の毛が光子郎の頬を撫でた。
「・・・・ほんとに?」
背中から聞こえる声は震えていた。
「ほ、ほんとです」
痛いぐらいにきつく抱きしめられた体が、ガバッと引きはがされる。光子郎の肩を持った丈の顔は下を向いていてわからなかった。
「夢みたいだ」
「本当です」
今度ははっきりと伝える。丈の顔がゆっくりと上がる。涙をボロボロ流しては、安心したように笑っていた。
「ダメかと思った。むしろ、光子郎との距離が離れるかと思った。怖かった。でも、よかったぁ」
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
「改めて、よろしくね。光子郎」
「はい。丈さん」
涙を腕でふき取って笑う丈はあどけなく、それにつられて光子郎も笑った。