3人にとっては8回目の、2人にとっては7回目の春が来た。
「そらさぁん~~~!!!!やだぁ~~~!!!」
澄み渡る空に穏やかな空気が流れ、満開の桜が街を彩る春の日。そして、新たな世界へと踏み出す一歩を迎える日。皆が旅立ちを祝っている中、ミミは卒業式を迎えた空に抱きついて泣きわめいていた。
「み、ミミちゃん・・・」
「空さんがいなくなったら私どうしたらいいんですか!?学校に行ってももういないなんて・・・!!!!」
せっかくの美人な顔も涙でぐしゃぐしゃになり、鼻が赤くなっている。空は眉を下げて困りながらも小学生をあやすように頭を優しく撫でている。
「大変だなありゃ・・・」
「まぁもう最後だしな」
「いつか落ち着きますよ」
そんな2人を少し離れたところで太一とヤマト、光子郎が見ていた。太一は部活の後輩から送られた花束に色紙、プレゼントを持ち、ヤマトもバンドのファンからの花束を抱えていた。そして空を含めた3人の胸には卒業を祝福するコサージュがつけられている。
空とミミをぼんやりと見ていた光子郎に太一が両手を広げる。
「え」
「お前もミミちゃんみたいに来てもいいんだせ?」
「今日だけは仕方ねぇな」
「結構ですよ・・・」
太一を見たヤマトも両手を広げる。が、光子郎は勢いよく首を横に振った。
太一はちぇ、とつまらなさそうな顔をして手を下し、ヤマトも笑いながら手を下した。
「別に、もう二度と会えないわけじゃないので。でも、卒業おめでとうございます」
「おう」
「ありがとな」
太一とヤマトはニコッと笑った。その笑顔は昔のような無邪気な笑顔ではなく、大人びた笑顔だった。
自分が大きくなるにつれて成長していくのはわかりきっていた。だが、そこに少しだけ切なさを覚えてしまう。
(もう、僕の行く先にあなた達はいないんですね)
風が吹いて、桜の花びらが空を舞う。光子郎の中に残る切なさを置き去りにして。
卒業式からしばらく経ち、光子郎とミミが3年生になって初めての夏を迎える。本格的に進路に向けて慌ただしく動き出し、2人が会う回数も減っていった。
いや、これは言い訳かもしれない。例え忙しくなかったとしても光子郎とミミの会う回数は減っていたかもしれない。3人がいなくなった学校はいつもより物足りなさと静けさを感じた。
卒業式以来、光子郎が個人的に連絡をしているが、最初の方は返信が早かったものの段々回数が減り、今では1通も帰ってくることはなかった。
元々そこまで頻繁に会えたわけではない。太一は部活があり、ヤマトはバンドがあり、空には華道があって、各々が様々な事情を抱えていた。一人で帰ることも当たり前だったし、誰にも会わずに終わる日もあったというのに。
頭の中に残るモヤモヤした気持ちを忘れるためにも、早く帰って作業をしなければ。光子郎の足が校舎を出ようとした時、同じように帰路へ向かうミミに出くわした。
「あっ」
久しぶりの再会だというのに気の抜けた声を出す。それはミミも同じだった。
「光子郎くん、今帰り?」
「えぇ、ミミさんも?」
「うん」
特に話すこともなく、素っ気なく会話をする。久しぶりとはいえ同じ学校にいるのだ。お互いの状況ぐらい把握していた。
「そうですか。ではまた明日」
「待って!」
挨拶をしてくるりと方向を変え、帰ろうとした光子郎の腕を掴む。急に掴まれて驚く光子郎にミミは笑う。
「ちょっと買い物付き合って!」
「えっ」
「ミミさぁん・・・・」
「何?」
「まだですか・・・」
「もーちょっと待って。今悩んでるの」
はぁ、と光子郎はため息をつく。両手にはおしゃれなアパレルショップの紙袋を両手に2つずつ持っている。もちろん、光子郎のものではない。
そんな光子郎を他所にミミはアクセサリーが陳列する棚とにらめっこをしていた。
「まだ買うんですか・・・」
「付き合ってくれるって言ったじゃない」
「そりゃ言いましたけど」
「これぐらいこなさないと、モテないよ光子郎くん」
「余計なお世話ですよ」
光子郎が言ったころにはまたアクセサリーに夢中だった。光子郎の口からまたため息が漏れそうになったとき、ミミが光子郎の目の前に2つのアクセサリーを出す。
「これとこれ、どっちがいいかしら?」
一つはコスモスのような花が一つついたイヤリング。もう一つはいろんな花が散りばめられているブレスレットだった。
「どっちも一緒・・・」
「どこが一緒なのよ」
「嘘ですって、うーん・・・・」
光子郎は眉をひそめてアクセサリーを見る。とはいえアクセサリーに関して知識が全くない光子郎はどっちを見ても同じように見えてしまう。
イヤリングを付けたら耳が痛くなるし落ちる可能性も高い。でもブレスレットだって切れてしまえば元に戻すことはできないだろう。イヤリングなら探せばまた使える。こんな小さいものを見つけられる気はしないが・・・
「じゃあ、こっちで」
光子郎はイヤリングを指さした。一つなくしてももう一つあるから大丈夫だろう、と思ったのは内緒だ。
「じゃあこっちね」
そう言ってミミは光子郎が選んだイヤリングを陳列棚に戻した。色々考えてせっかく選んだというのに。
「なんで僕に選ばせたんですか」
「光子郎くんが良いっていうのなんて、どうせ可愛さとか考えてないでしょ?」
まさかの図星をつかれ、「うっ」と喉を鳴らす。そんな光子郎を見て呆れた顔を浮かべるも、笑顔でレジに向かって会計をすます。
「よーし、もうほしいものは買い終わったし、外に出ましょ!」
目的が達成できて幸せそうなミミを追いかけて、2人はショッピングモールを出る。
入った時には明るかった空はすっかりと日が落ちて辺りを赤く照らしていた。自動ドアを超えるとむわっとした熱気が2人を包み、思わず顔をしかめた。
「はい、光子郎くん」
「ありがとうございます」
ショッピングモールを出て少し歩いたところにある小さなベンチに座り、ミミから今日のお礼として烏龍茶を貰う。ミミは缶コーラを勢い良く開け、零れそうになるのを慌てて口で塞ぎ、豪快に飲んだ。
「ッあー!やっぱ夏はコーラよねぇ」
「おじさんみたいですね」
「レディにおじさんってどういうことよ!」
缶コーラを握り怒るミミをなだめ、光子郎も烏龍茶を飲む。そういえば昼から何も飲んでいなかった。カラカラの体に烏龍茶が染み渡る。
「ミミさん、いつもこんなに買ってるんですか?」
「違うわよ。いつも空さんと一緒に買ってたの!でも、空さんが卒業してから買い物に行く気が起きなくてずっといけてなかったのよ」
空は買い物に行くたびにこんなに振り回されていたのかと思うと、恐ろしいものだ。急に進行方向変えたり、変装グッズを被り始めたり、どこかへ消えたり、、、、今までで一番ミミの名前を呼んだ気がした。
「光子郎くんは太一さんやヤマトさんとは何かしなかったの?」
「2人とも忙しい人達でしたからね・・・・あっ、でも昔、3人でラーメン食べに行ったことあります。太一さんのおごりで」
「えーっ!?何それ!!なんで教えてくれなかったのよ!」
「いや、3人でじゃんけんして、負けた人が全員分のラーメンを奢るっていうルールだったんで・・・。僕は割と早く勝てたんですけど、太一さんとヤマトさんがあいこばかり出してて中々決まらなかったんですよ」
まるで2人でコントをしてるようなじゃんけんだった。今思い出しても面白くて笑ってしまう。
そういえばさ!とミミが思い出話を語ると、そこからまた花が咲き、別の思い出話を語る。小学生の時に皆でプールにいったことや、夏祭りで皆散り散りになったのをデジヴァイスを頼りに合流したこと、丈の受験合格祝いで皆で太一の家でパーティをしたこと。思い出ごとでハプニングもあって、いつも平和に終わらないけどそれが僕ららしい、なんて笑い合った。
「今覚えば、「また行こうねー」って言って全然いってないわね」
「まぁ、皆さん忙しいですし」
「太一さんたちが卒業する前に行きたかったなぁ」
「そうですね」
さっきまで盛り上がってた気持ちがミミの一言で寂しさに変わる。今思えば行けるタイミングなんてたくさんあったというのに。
「太一さんたちがいなくなって、静かになったわね」
「そうですね」
「ねぇ、光子郎君」
「なんですか?」
「ここって、あんまり人通らないのよ」
ミミに言われてはじめて気づいた。言われてみれば遠くで車が通っていくだけで、2人の前を通っていく人はいなかった。
「だから、別に泣いても誰も気づかないわよ?」
思いもよらない言葉に光子郎は顔を上げてミミを見る。その瞳から一粒、二粒、涙がこぼれた。
「えっ、あ、あれ、」
慌てて零れる涙をぬぐうが、涙は止まるどころか数えきれないほど零れ落ちていく。ぬぐい切れない涙が膝の上に落ちた時、光子郎は嗚咽を出すほど泣いてしまっていた。
ミミは何も言わずに夕焼けを眺める。少し顔が熱いのはきっと夕日のせいだろう。
「そんなに泣くなら、最初から泣けば良かったのに」
「ッ、そんなこと、出来るわけッ、、ないじゃないですか、」
嗚咽を聞かれるのが嫌なのか、唇を噛みしめる。手で拭った目や鼻が赤くても夕日で誤魔化せるのが幸いだった。
「・・・変なの」
ミミさんみたいにはいけないんです。そう返したかったが、口を開けばたちまち崩れてしまう。光子郎はただ涙が収まるのを耐えるしかなかった。
光子郎も分かっていたのだ。太一とヤマトに「会えなくなるわけじゃないので」なんて言っておきながら、会うことが難しくなることを。本当は寂しくて悲しくて堪らなくて、太一やヤマトが両手を広げてくれた時、飛びついてしまいそうだった。
でも、そんなこと出来なかった。きっとミミは気づいていない。
3人が今にも泣きそうな顔を浮かべていた時があったことに。
当たり前だ。光子郎とミミから別れてしまうだけではなく、3人はそれぞれの道へ行くために違う場所を選んだ。3人にとっても、別れの日だったのだ。
そんな3人の気持ちを差し置いて自分ができるわけがなかった。我慢していた。ずっと隠し通すつもりだった。
「ねぇ、光子郎くん」
「・・・なんですか?」
ミミに呼ばれて顔を上げる。腫れぼったく開きにくくなった目を開けると日はすっかり落ちていた。
どのくらい泣き続けたのだろうか。分からない。静かに吹く風が肌を撫でて、いつもより寒く感じてしまう。
ミミは光子郎が泣いている間、ずっと隣にいてくれたのだろうか。
ミミの表情は街灯の光の影になって見えない。
「今度、海いきましょ。みんなで」
「そうですね。いきましょう、みんなで」
黒い影から覗いて見えた顔に、光子郎は静かに微笑む。きっとミミも笑っていると思った。
小さく星の光る黒い空を見上げる。小さくて、遠い。まるで今の僕達のようだった。
でも、いつかまた再会するときを願って。
光子郎とミミは歩き出した。ふと見つけた桜の木は、花が散って葉が少しずつついている頃だった。