最悪な文化祭

「え?」

暑苦しい夏の日も終わり、肌寒くなってきた秋の空。丈の通う高校では文化祭の準備で慌ただしくなっている。いろんなところで人の声や作業の音が飛び交う中、クラスの女の子からの提案ははっきりと丈に届いてしまった。
「だから、城戸君に女装してほしいな~って!」
「えーっと・・・・なんで?」
「模擬店のウエイトレスに一人ずつ男装と女装をいれてもいいかなぁって思ったの。んで、女装が出来そうな男子に当たってみたんだけど皆に断られてさ・・・」
女の子はしょんぼりとした顔を浮かべるが、すぐににっこりと笑顔を向ける。
「城戸君ならやってくれるでしょ?」
どういう根拠で言ってるんだ。
「い、いや・・・流石にちょっと・・・・そ、それに、男装したがる女子っているの?」
「いるよ~!白金さんがやるの!」
ね!と言って後ろを向く。その目線の先には既に着替えを済ませ、さらに男子に寄せるために試行錯誤している白金と女子たちがいた。
「後は男子だけなの!城戸君って細いし肌白いし綺麗だし、そんなに変えなくても行けると思うんだ!ね?」
「いやいや・・・だって文化祭まで時間ないし・・・」
「だからお願いしてるんじゃない」
何を言ってもニコニコと跳ね返される。そのうえ、後ろの女子の人数が多くなり、段々圧が強くなっている気がする。
「えぇ・・・で、でも・・・」
「じゃあ、この前城戸君が手に入らなかった参考書あげる」
「えっ」
そう言って女の子はカバンから参考書を取り出す。分かりやすくて覚えやすいと人気で丈も欲しかったのだが、軒並み売り切れて断念していた事を友人に話した気がする。
「なんでそれを・・・」
「協力してくれたらあげる。ね?」
きっと友人から聞いたのだろう。心の中で友人を恨みながらも天秤にかける。女装をしたところなど死ぬほど見られたくないし、ましてや似合う気がしない。いくら細くて色白でも限度がある。だが、目の前には念願の参考書。正直、この機会を逃せば手に入る気がしない。
・・・いや待てよ。太一達には日にちを言わなければいいのだ。そうすればやってくることはない。
太一達には申し訳ないが、これも参考書のため。後で怒られてもご飯をおごってやればいい。
「・・・・わかったよ」
「えっ!?本当!!?」
「ただし、参考書はちゃんと――――うわぁ!?」
丈が言い終わる前にグイッと引っ張られ、そのまま簡易的に作られた更衣室に入れられ、衣装が放り投げられる。
「ちょ、ちょっと!」
「これ着替えたら教えてね!あ、ちゃんと着替えないと参考書は渡さないから!!」
はぁ・・・とため息をつく。投げられた衣装を持ち上げると白いシャツに黒いベスト、そして黒いスカートがある。結ばれた黒い塊はおそらくタイツだろう。
「着替えたぁ?」
そう言って女の子はひょこっとカーテンから顔を出すが、早くしてよねと念を押して消える。着替えてる途中だったらどうするつもりなんだ。
もうここまできたら覚悟を決めるしかなかった。

「似合う~~!」
「可愛いじゃん!!」
「城戸って女装いけたんだな」
「そんなわけないだろ!?」
衣装を着替えたと思ったら顔に塗られるわ、頭にヅラを被らされるわ、振り回されて落ち着いた時にはクラスの皆が丈を見ていた。男子もふざけて「城戸みたいな女がいたらいいのにな」なんて茶化してくる。顔には違和感を感じるし、化粧品の匂いがするし、ヅラが邪魔だし、足は寒いし、逃げ出したい反面どうにでもなれと自暴自棄になっていた。
「でもさぁ、眼鏡ないほうがいいよな」
そう言って男子が丈から眼鏡を取る。視界がぼやけて顔が見えないが「おぉ~」という声が上がってるあたり、変ではないのだろう。最悪だ。
「これじゃ何も見えないよ・・・」
「コンタクトは?」
「そんなの持ってないよ」
「1Dayのを買えばいいんじゃない?」
「確かに!それぐらいなら経費で落ちるかも」
コンタクトレンズを経費で落とすな。そんなツッコミもきっと届かないであろう。
「じゃあ当日はコンタクトをつけて、あと腕の毛とか剃ってきてね!まぁ元々薄いけど一応ね」
「はい・・・・」
あまりにもとんとん拍子に話が進んでいく。丈にはもう止められず情けなく返事をするしかなかった。
これでもう太一達は呼べないことが確定した。と、なると、ヤマトも呼べない。
ヤマトを呼べないのは悲しいが、こんな姿を見られる方が嫌だ。
「怒られちゃうかな」
更衣室で小さくと呟いた。

 「ったく。丈のやつ。自分の文化祭の日にち言わねぇとか。ひでぇ奴~」
「いいじゃないですか。忙しくて忘れてたんじゃないですか?」
ふくれっ面を浮かべながら焼きそばを頬張る太一にポテトを食べながら光子郎がなだめる。
「そうよ。むしろ、何も言わずに来て大丈夫だったのかしら・・・」
「大丈夫ですよ空さん!丈さんを驚かすにはちょうどいいじゃないですか!あっ光子郎くんそれ頂戴!!」
不安そうな顔を浮かべる空の隣でミミが光子郎のポテトを取ろうとするが、交わされてしまう。
「自分で買ってきてくださいよ・・・」
「けちぃ、いいも~ん!空さんと買ってくるから!行きましょ!空さん!!」
ミミは空の腕をぐいっと引っ張って屋台の方へと消えていく。
「ヤマトは何も食わねぇの?」
「俺は別に」
「そんな怒るなってぇ」
素っ気なく返事を返すヤマトに太一は光子郎のポテトを取って、ヤマトの頬をつつく。ヤマトはそれを口で奪い取って食べる。
「でも珍しいですよね。丈さんなら僕らに言わずとも、ヤマトさんには言ってると思ったんですけど」
太一達がこうして丈の文化祭に来れたのは光子郎が丈の学校の文化祭を調べていたからである。それまで太一達どころかヤマトにもそんな連絡がなかった。
「言えない事情があったりして?」
「どんな事情だよ」
「俺に言われてもしらねぇよ・・・」
太一はそういって焼きそばを食べ終わると光子郎のポテトを食べる。「やめてくださいよ」と言っても聞いてはいなかった。
「・・・飲み物買ってくる」
「じゃあ俺はコーラ」
「僕は烏龍茶で」
「お前らなぁ・・・」
はぁ、とため息をついて財布の中身を確認する。「自販機は購買の近くですね」と光子郎にパンフレットを渡される。
進学校とあってか土地が広く様々な建物が立っている。パンフレットを確認しながら進む。あちこちで響く賑わいが鬱陶しかった。
なんで丈が文化祭の事をいわなかったのか。ヤマトには考えても分からなかったし、光子郎が言ってくれなかったら今頃家で過ごしていたのだ。
言えない事情、先ほどの太一の言葉が脳裏によぎる。言えない事情、俺に言えないことってなんだよ。
ますます気になっては苛立ちを覚えてしまう。自然と俯いていた顔を上げた時だった。


身に覚えのある後ろ姿が、遠くで走っていくのが見えた。
確証はなかった。いつもとは違う服だったし、眼鏡もかけていないし、髪が長くて女の子のようだった。でも、あの歩き方にシルエットは。
ヤマトの足は自然とその女の子へと足を向けた。


「はぁ・・・・」
自販機の前で一息つく。店が思ったよりも反響が良く、女装をしていることを気にしている場合ではないぐらい忙しかった。休憩時間が30分も押してしまい、やっと休憩を貰った丈は、自販機に飲み物を買いに出た。
あれだけの人に見られてしまったらもう女装をしている事に慣れてしまい、ある程度の視線を感じるものの、大して気にならなくなってしまった。とはいえ、周りに気を使って人目の少ない購買の近くの自販機でお茶を買う。
「あの・・・どいてもらっていいですか?」
「あっすみませ――――」

誰も来ないだろうと自販機の前で休憩していると後ろから声がかかる。
慌てて振り返って避けると、そこにはヤマトのがいた。

「ヤマッ――――!?」
「どういうつもりかなぁ、丈さんよぉ」
一番見られたくない人に見られてしまった戸惑いと恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。そんな丈をお構いなしにヤマトはニコニコした顔で腕を捕んで壁に追いやる。
美青年の笑った顔は綺麗だ。それ故に威圧がすごい。丈は顔を逸らすしかなかった。
「えっ・・・・と、どうしてここに・・・・??」
「光子郎が教えてくれたんだよ」
「へ、へぇ・・・そっか」
光子郎が知ってる、ということはヤマトだけではく太一達も来ているということになる。最悪だ。真っ赤になった顔が一気に真っ青になる。
「なんで教えてくれなかったんだよ」
ニコニコしてた顔はふくれっ面に変わる。
「だ、だって。こんなの、見られたくないだろ・・・!?」
「俺にだけ教えてくれてもよかったんじゃねぇの?」
そう言って丈の髪(詳しくはヅラ)を優しくなでる。自分が撫でられた訳ではないのに顔が熱くなっていく。
「似合うと思うけどな」
「そんなわけ」
「彼女みたい」
「なっ・・・!?」
なんでそんな恥ずかしいことをホイホイ言えるのか。開いた口が塞がらずに戸惑う丈をヤマトの唇が塞ぐ。
突然塞がれたことに驚く暇もなく、ぬるりとした感触が口の中に入る。
「んッ・・・ふっ・・・んあっ・・・」
いつものキスとは違い、一気に畳みかけるように攻め続けるせいで、だらしない声だけが漏れる。崩れそうになる丈をヤマトは支えながらも、やめることはなかった。
丈が限界を迎えそうになった時、唇が糸を引いてそっと離れる。肩で息をしながらも丈はヤマトを睨みつけた。が、ヤマトには反省の色が見えていない。
「誰かが来たらどうするんだよ・・・」
「女に見えるから大丈夫」
「そんなわけないだろ・・・!?」
もっと怒ってやろうと思ったが、はぁ、とため息をつく。元を言えばヤマトに連絡しなかった自分が悪いのだ。ヤマトはこのまま食い下がることはないだろう。
「・・・・誰にも言わないでよ?」
「わかってるって。誰にも見せたくないし」
ヤマトはそう言って崩れた衣装を整える。丈もスカートを払い、タイツについた汚れを擦って落とす。
「・・・ごめん。何も言わなくて」
「今更大丈夫だって。結果的に会えたし」
ヤマトはそっと丈の頭を撫でて笑う。いつもはこんなことしないくせに。さっきまで強引なキスをされたというのにあっさりと許してしまいそうになる。
「女の子だと思ってない?」
「今は女だろ?」
前言撤回。ヤマトの言葉にイラッと来た丈は、ヤマトのネクタイを掴んで引き寄せてキスをする。舌を入れずに唇を押し付けるようにすると、離れた時にはほんのり赤色のリップがヤマトの口についていた。
「・・・似合ってるよ?」
ニヤリと笑いながら女子に渡されていた小さい鏡を見せる。ヤマトはあっ、と声を上げて口元をぬぐう。赤いリップは完全に消えることなく頬に薄く伸びてしまった。
「お前これどうしてくれるんだよ・・・?!」
「知ーらない。僕を馬鹿にばっかするから」
いたずらに笑う丈にヤマトはため息をつきながら笑う。水で落ちるかな、なんて言ってるとヤマトの携帯が鳴る。
太一からだった。
『ヤマトぉ。おっせぇぞー』
「わりぃ、迷っちまって」
『ミミちゃんがうるさいから早く帰って来いよ?いちゃつくのもいいけどさ』
「なっ・・!?誰もそんなこと」
『じゃあな~』
ブチッと電話が切れる。太一達にはどうやらお見通しのようだった。
「じゃあ僕もそろそろ戻るね」
「あぁ、またな」
そう言って軽くキスをすると、丈は校舎へと向かった。
後ろ姿をぼんやりと眺める。女装をしている丈は正直めちゃくちゃ可愛かったし、許されるならそのまま襲ってもよかった。
だが、女装は男性だからこそだ。結局は男である丈が好きだった。
「またやってくんねぇかなぁ」
誰にも聞こえないようにボソリと呟いて自販機で飲み物を買うと、ヤマトは太一達と合流するために購買を後にした。