2人だけの

「誕生日、おめでとう」

 空に咲いていたはずの桜が、地面に咲き始め月明かりが照らす夜の公園。バンドの練習終わりに呼び出されていたヤマトは、丈からの突然の言葉にキョトンとした顔を浮かべた。
「今日、君の誕生日だろ?」
そんなヤマトを他所に、丈はカバンから紙袋を取り出しヤマトに渡す。
「あぁ・・・今日だっけ?」
「もしかして忘れてたの?」
はぁ、とため息を漏らし呆れる丈に苦笑いをするヤマト。ライブと高校が忙しくてすっかり抜けていた。・・・忙しいのは丈も同じなのだが。

「開けていい?」
「うん、多分喜んでもらえるものだから」
なんだよそれ、と笑いながら紙袋の中にあるラッピングされた薄い正方形の箱を取り出す。趣味も好みも違う丈が買ってくるものを形をヒントに想像してみても分からない。結局包装を破って中身を見る。
「あっ」
出てきたのはヤマトが好きなバンドのCDだった。それもまだヤマトが手に入れてないもの。丈がバンドのCDを買ってくる驚きと、持っていないCDが目の前にある喜びで丈とCDを交互に見てしまう。そんなヤマトの反応を見て丈は得意げに笑う。
「前、家に行った時に見たCDとは違うCDを見つけてさ、持ってないのかと思って」
「これ、俺が買えなかったやつ。どこで買ったんだよ」
「学校近くのCDショップ・・・だったけな」
えーっと、と考えている丈を見てヤマトは開いた口が塞がらない。もしかして、わざわざCDショップを巡ったのか?勉強で忙しいってボヤいてたくせに。
「すっげー嬉しい。ありがとう」
「持ってたらどうしようってヒヤヒヤしたよ」
CDに傷がつかないように丁寧に紙袋にしまい、バックの中へ入れる。帰って聞けるのが楽しみで自然に顔が緩んでしまう。

「あ、あとね」
「ん?なん--」
喋り終える前に丈に腕を引かれ、ヤマトの体はそのまま前に流れる。驚いて顔をあげた時、ヤマトの唇に柔らかい感触が伝わった。
見開いた目には目をぎゅっと瞑った丈が視界いっぱいに写る。心臓の音がゆっくりと大きく聞こえた。

 そっと丈がヤマトから離れ、そのまま少しだけ後ずさる。
月明かりに照らされた白い肌がほんのり火照っていて、丈はそんな状態を隠すように顔を背けた。
「丈、」
「ま、前に言ってただろ。少しは僕から来て欲しいって」
言葉を遮るように出た大きな声は言い終える頃には蚊のような小さくなり、火照った顔がさらに赤みを帯びる。
確かに以前、丈からのスキンシップが欲しいといったことがある。だが、丈は元々そういったアプローチを仕掛けるのは苦手な方だとわかっていたし、その時も冗談のつもりだったのだ。
なにも反応がないのが不服なのか、ふくれっ面を浮かべる丈。ヤマトの顔は赤くなり鼓動が早くなる。だがそれは恥じらいではなく喜びによるものだった。
「な、なんか言って欲しッうわぁ!?」
気持ちの昂りに辛抱たまらずヤマトは丈に抱きついた。突然抱きつかれた勢いで後ろによろめくが、丈はヤマトをしっかりと受け止める。
「どうし」「最高」
丈の声をまたも遮って、胸に埋めた顔をあげて笑う。丈の鼓動かヤマトの鼓動か、分からないがずっとドキドキと二人の中で鳴っていた。ヤマトの顔を見てずっとふくれっ面だった丈の顔も自然と緩む。
「今まで貰った誕生日プレゼントで1番嬉しい」
「じゃあCDはいらない?」
「そんないじわるなこと言うなよ」
今度はヤマトから、さっきよりも深いキスをお見舞いする。
離れた時の丈の顔はやはり、ふくれっ面だった。
「ッ・・・・はぁ、あのさぁ・・・一応外なんだけど」
「俺たちしかいないぜ?」
丈が文句を垂れるがヤマトは気にせずに笑いかける。
離れたところにある街の光と月明かりだけがこの公園を、二人を照らしている。もう夜の9時だ。こんな夜の公園にやってくる人はいない。まさに「俺たちしかいない世界」だった。

「最高じゃん。俺たちしかいない世界」
「・・・ゴマモンがいないのはなぁ」
「・・・・・・・・ゴマモンとガブモンもいる世界」
「それじゃあ二人だけじゃないね」
少し得意げに笑う丈にうるせぇ、と肘をつく。静かな公園に2人の笑い声だけが聞こえていた。

「帰ろっか」
「そうだな」
公園の出口までポツリ、ポツリとくだらない会話をする。そんな時間が愛おしくも幸せで、出口なんてなかったらいいのに、なんて小学生みたいなことを思う。だが、公園の出口は消えることなく二人の前へ現れる。
次に会えるのはいつだろうか。お互い忙しい身だ。一週間後?一か月?それとも半年後?どれも嫌だなぁ、毎日会いたい。なんて名残惜しく思う。

「丈」
「ん?」
「愛してる」
「・・・僕も、大好きだよ。ヤマト」
丈からの大好きを貰って、照れくさそうに笑う。そんなヤマトを見て丈も笑った。
そして2人は家へと、それぞれの道へと歩いていく。いつ会えるかはわからない。けれど、寂しくはない。
2人の足元を月が照らし続けていた。