「あれ・・・・?ここじゃないのか・・・」
街がもうすぐ眠りにつく頃。どこかから聞こえてくる虫の鳴き声だけが聞こえる静かな夜に、ガサゴソと物をしきりに動かす音が寝室で聞こえてきた。もうすぐ就寝時間ということもあり、リビングのテレビを消して寝室へ向かうと、丈が真剣な表情で寝室の戸棚の中の物を漁っていた。
「・・・なにやってるんだ?」
「ちょっと、探し物してて・・・」
うーん、と唸りながらも入念に探す丈の隣にしゃがみ込んで、丈の周りに散らばる小物のうちのひとつを手に取る。
「あ。もう寝る時間だったら、先に寝ててもいいよ」
「隣でガサゴソ音を立てられて寝れるわけねぇだろ」
「DWで野宿できたヤマトなら楽勝だろ?」
「ここは現実世界なんだけど」
手伝うよ、と散らばった小物の中から小さなポーチを開けて中身を覗く。中途半端に入った絆創膏と携帯用の消毒液、ポケットティッシュが出てくるが、それ以外は何も出てこない。昔2人で旅行に行ったときに丈が持ってたプチ医療キットだったような気がする。「また使うかもしれない」と適当にこの中へ突っ込んだまま忘れ去られていたのだろう。少し折れ曲がった絆創膏からそう察した。
「何探してるんだ?」
「ちょっと小さくて、大事な物」
「・・・大事な物をなくすか?普通」
「大事な物だから奥の方へしまい込んだみたいで・・・。うーん、まぁ、いっか」
しばらく奥の方から色々と引っ張り出してきた丈の手が止まり、散らばった物を片付け始める。
「いいのか?」
「うん。今日はもう遅いし」
少し笑いながら元に戻そうとする丈の手首を掴んで丈の顔を見る。驚いて丸まった黒い瞳がレンズ越しにヤマトを見ていた。
「大事なんだろ?」
「大事だけど、明日仕事だし」
「2人で探せばすぐに見つかるだろ」
「でも」
「ここで寝て起きて、その大事な物がどこに消えたか考えながら仕事してミスした~。なんて、聞きたくねぇからな」
「・・・・」
ヤマトが適当に呟いた言葉に心当たりがあるのか、少し眉を寄せて黙りこんだ丈のズレた目線をわざと合わせるように覗き込むと「な?」と問いかける。
「・・・明日寝不足になっても知らないよ?」
「大丈夫だって。ほら、もう一回出せって」
ヤマトに促されるまま、丈はもう一度戸棚の物を取り出した。
「・・・あった!」
物音以外、しばらく何も聞こえなかった寝室に丈の声がよく響いた。三段目の戸棚の奥の方へ手を入れて小さく光る何かを摘まんで取り出した。
「・・・お前、それ」
丈が取り出したものに目を見開いたヤマトに、丈は嬉しそうに笑っては手の平に乗せる。
「うん。これ。僕が探してたのは」
部屋の照明と反射してキラキラと輝いたのは銀色の指輪だった。小さな宝石も装飾もないただの銀色の指輪は、昔ヤマトが丈にプレゼントしたものだった。
「ヤマトが昔、僕でも付けれるようにってシンプルな指輪にしてくれたんだけど、仕事中に付けて汚したくなくってさ。いつかつける時のために仕舞ってたんだけど、だいぶ仕舞い込んじゃってたみたい」
ちょっと待ってて。と丈は指輪を持ったまま寝室を出ていく。そのまま5分ほど待っていると丈が戻ってきたが、指輪が見当たらなかった。
「・・・指輪は?」
「じゃーん」
誇らしげな顔と幼稚な効果音と共に、首にかかったネックレスのチェーンに通した指輪を取り出してヤマトに見せつける。
「これなら汚れないし、ずっと持っていれるだろ?仕事だから、って言ってもヤマトだけが付けるのはちょっと嫌だしね」
「丈・・・」
ふっと優しく微笑んだ丈がヤマトの薬指に光る銀色の指輪をそっと撫でる。少し空いた間を埋めるように「もう寝ようか」と丈が切り出しては布団の中に潜り込んだ。
「今日はありがとう。おやすみ、ヤマト」
「あぁ、おやすみ」
目を閉じて眠りについた丈の首から小さな光が煌めく。ヤマトの薬指についた指輪の光を交互に見る。穏やかな光が子守歌のようにヤマトを照らす。
(・・・そんなに大事にしなくても、)
そろそろ指輪がきつく感じる頃だった。次の休みにでも一緒に買いに行こう。今度は2人で選んだ指輪にすればいい。むしろ、指輪じゃない別の何かを。
どこかでプツリ、と切れるように思考が止まると、そのままヤマトは静かに眠りの中へ落ちていった。