【新刊サンプル】明日も君の顔が見たい。

『明日も君の顔が見たい。(上巻)』
丈ヤマ ルームシェア本 120ページ/A6/600円(予定)

サンプル


 「──一人暮らし?」
 夕暮れ時で賑わう中華料理店の中、丈の口から聞こえた言葉は一瞬、聞き間違いかと思った。思わず復唱した言葉を聞いた丈は「違うよ」と否定することなく、少し気恥ずかしそうに頷いて大きなエビチリを口の中に入れた。
 「まじで言ってんのか?」
 「……その反応はちょっと心外なんだけども?」
 「いやだって、丈が一人暮らしって……」
 あまり現実味を感じられずに薄ら笑いを浮かべるヤマトの顔をジッと黒い目が見つめる。その視線が逃れるように白いご飯を食べた。
 「にしても何で急に?ていうか、いつからなんだよ」
 「家を出たのは今年に入ってからかな……。ずっと家から大学まで電車で通ってたんだけど、課題や実習で忙しくなってきたら朝早く出ないといけない上に帰りも遅くなって結構大変だったから、いっそのこと大学の近くに一人暮らしすれば?って親から勧められたのがきっかけでね」
 「ふぅん……ってお前。今年入ってから、ってもう随分昔からじゃねぇか」
 容赦なく照り付けていた太陽と毎年のように更新し続ける最高気温の波が落ち着き、ようやく穏やかに過ごせるようになったのが数日前ぐらい。今食べている唐揚げ定食についてきた熱々の中華スープがようやく程よいと感じられるようになったばかりだ。その間、丈はグループチャットを含めて何度かやり取りをしているが、そんな話は誰にも聞いていない。
 「いや……本当はもっと早く連絡しようと思ったんだけど……。ほら、最近のグループチャットって結構デジモンに関連する連絡事項が多いだろ?その中で一人、ましてや大して参加もしてない人が急に『一人暮らし始めました~』なんて言えるわけないだろ?」
 「ミミちゃんはそんなの無視して近況報告してくるけれどな」
 「……ミミ君のような度胸は生憎持ち合わせてなくてね。まぁ、そんなこんなで僕自身も忙しくなってきて、余計に言うタイミングを失なったって感じかな。一人暮らしの事を言ったの今日が初めてだしね」
 丈の言い訳に半分納得できない気もするが、これ以上言い合っても仕方ないような気がしてヤマトは大きな唐揚げを掴んでかぶりついた。中華料理店の唐揚げはどれも破格の大きさで肉汁が溢れ出て美味しい。それはこの店も例外なく、一口では収まりきらない唐揚げに続くように白飯を食べた。
 今思えば駅で再会した後、すんなりとこの店までたどり着けたのも納得がいく。量も多く、値段も安いのが特徴的なこの店の店内にはヤマトや丈の他にも同じくらいの年代の人が多く、駅周辺を利用する大学生に人気な店なのだろう。それに、お台場に住んでいるヤマト達が丈を見かけないのも、学校の近くに引っ越しているのであればお台場へ帰る機会は少なく、見かけるはずもなかった。それを思うと尚の事、今日ばったりと出会ったのは本当に偶然であり、奇跡に近いような気がしてしまう。
 「まぁでも良かったよ。なんだかんだ一人暮らし出来てるみたいで」
 「……ヤマトにはそう見えるかい?」
 フッ、と鼻で笑ったような笑みを浮かべて丈はじっとヤマトを見る。
「……見えるけど?」
 ヤマトの答えに静かに笑ったかと思えば、次の瞬間には眉を下げて大きなため息をついた。
「どうしたんだ?」
「……いかないんだ」
「え?」
「上手くいかないんだ!一人暮らしが!」
 身を乗り出して強く訴えた丈にヤマトは思わずポカン、とした表情を浮かべた。さっきまで逆ハの字になっていた丈の凛々しい眉が、今度は八の字になって大きな体がみるみると小さくなっていく。
「……最初は何とか頑張ってたんだけど……ほら、僕って元々そんなに家事とかが得意でもなければ要領が良い方でもないだろう?それに加えて課題や実習が忙しくなってきて……段々と色んな所が疎かになってきてて……」
 みるみると小さくなっていく声にヤマトは色々と察しがついてしまった。確かに丈が家事を得意ではないことについては、子供の頃にそれが原因で喧嘩から仲間割れに発展したことがあるヤマト自身が一番痛感している。(もちろん、それ以外の要因があったのだが)だからこそ丈は人並みに家事が出来るようになったのだと心のどこかで感心していたのだが、そういうわけではないらしい。
 「……じゃあお前、今は飯とかどうしてるんだ?」
 「スーパーの弁当だったり……コンビニの弁当だったり……」
 「弁当ばっかじゃねぇか」
 「じ、時間がある時はここのご飯とか学食も食べてたりしてるさ!」
 「変わんねぇよ」
 全身から力が抜けていくようなため息が思わず漏れだしていく。衣食住のうち、食はまだなんとかカバー出来ているとして、残りの衣・住はどうなっているのだろうか。そもそも食だけでどれだけの出費をしているのか。背後でチラつく不安要素を想像するだけで恐ろしく、これ以上本人に聞くことが出来ない。よくもまぁ、こんな状態で半年以上も黙っていたものだ、とむしろ感心してしまう。
 「はぁ……こんなことならまだ実家にいたほうが良かったよ……。それか、誰か僕の代わりに!とまで言わなくても、教えて、手伝ってくれる人がいたらいいのにな……なんてね。そんな都合の良い人なんているわけないよね」
 「まぁな……」
 困ったように笑う丈にヤマトは曖昧な返事を返した。実のところ、ヤマトも最近一人暮らに興味を持ち始め、物件や一人暮らしに必要なものなどを調べたことがあった。大学の友人が一人暮らしを始め「一人暮らしマジ最高!お前も早く始めたほうが良いって!」と激押しされたのがきっかけで、悠々自適に過ごしている大学の友人の様子を見ていると興味が湧いてきたのだ。何となく物件サイトや一人暮らしに必要な家具家電、それらを含めたお金回りや必要な手続きなどを調べていのだが、一人暮らしという理想郷を手に入れようと思うと、自分が思う以上に出費がかかり、手続きが大変だという事を知った。わざわざそれをしてまで一人暮らしがしたいか、と言われればそこまでではないと思い、その時はそっとページを閉じだ事がある。
 ただ、そうやって探している時に見つけたもう一つの暮らし方があることも知っている。ヤマトも一人暮らしは難しくとも、誰かと一緒に住むことが出来れば楽しいだろうな、なんて思った時もあった。
(……じゃあ、俺と)
 「じゃあ、俺と住む?」
 ヤマトの言葉に二人の時が止まった。