『推し活』
それは、アイドルやキャラクターなどをの好きな人を「推し」と呼び、応援していく活動の事を指す。とはいえ、推しと呼ばれるものは人だけに限らず、動物や物に対してもそうやって呼称をしているところから、個々が好きなものを総じて「推し」と呼び、その推しを応援したり自分なりの愛を表現することが『推し活』と呼ばれるようになっていた。
勿論、アイドルとして活動している自分たちは推し活の対象となる。街の中を歩けばグッズを鞄に身に着けている子からイメージカラーを服や髪に纏わせることで自分の推しをアピールしている姿をよく見かけるようになった。正直、街中で自分たちのグッズを身につけている子を見かけると嬉しくなる反面、自分の正体がバレてしまわないかとヒヤヒヤしてしまう。それも贅沢な悩みだと思いながら、丈はいつものように事務所へと入っていった。
「おはようございまーす……って誰もいない?」
着替えを終えてレッスン室の扉を開いたものの、中には誰もいなかった。扉が開いているからてっきり誰か来たのだと思っていたのだが──
「いるぞ」
「うわああ!?」
突然、背後から聞こえた声に丈は大きな声を出し、扉を押し開けてレッスン室に倒れ込んだ。慌てて振り返ると練習着に着替えたヤマトがペットボトルを片手に丈を見下ろしていた。
「び、びっくりしただろ!?」
「すまん。つい」
「つい、ってなんだよ……」
ヤマトは空いている右手を軽く動かして謝る。形だけの謝罪をするヤマトに丈はため息をつくと、ヤマトは手を差し伸べた。少しでも体重をかけてやろうとぐっと握るが、涼しい顔で丈を立ち上がらせてしまったヤマトを見ていると怒っているのも急にアホらしくなってくる。
「今日は早いんだね」
タオルやペットボトルを置き、柔軟体操を始めた丈が問いかけた。
「最近色々と忙しいから、時間があるうちに練習しておこうと思って」
ヤマトは買ってきたペットボトルの水を飲んでぽつりと零した。グループでの活動以外にもモデル活動もやっていたが、最近ではドラマやCMの撮影も始まっており、ヤマトは芸能界で引っ張りだこになっている。あらゆることを並行でやろうと思ったらこういった隙間時間じゃないと自主練が難しいのだろう。
「頑張るのも良いけどあまり無理はしないようにね。休める時に休まないと」
「高校受験と並行でやってるお前に言われたくないけどな……」
ヤマトの言葉に丈はきょとん、とした顔を浮かべる。その顔にヤマトは何か言いたげな顔を浮かべるが、特に言う事もなくペットボトルを置いてスマホを手に取った。丈はそんなヤマトを見上げる形で見つめ、ある違和感に気づく。
「ん……!?」
「ん?」
スマホから視線を外したヤマトの横に立ち上がると、スマホを持っていた手を掴んでスマホ裏を見る。そこに挟まれていたのは以前ライブグッズで販売していたランダムチェキのラインナップの一つである、丈のチェキが挟まっていた。
「な、なにこれ」
「なにこれ、ってお前のチェキだけど」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて!」
涼しい顔でこちらを見つめるヤマトに丈は思わず大声を出した。グループのグッズや自分のグッズを身に着けているアイドルも少なくはない。が、ランダムチェキの中には個人のチェキ以外にも複数人で分かれて撮影されたものから全員で集合したチェキもあったはずだ。なのにも関わらず、ヤマトは何故かスマホ裏という一番目立つところに丈だけが映っているチェキを挟んでいるのだ。
「何で僕のチェキがここに挟まってるんだい!?しかもなんかサインが入ってるレアチェキだし……!」
「ほら、最近流行ってるだろ?推し活」
「お、推し活……!?」
思いもよらない言葉が出てきて丈は大きく目を見開いた。ヤマト自身やメンバー全員のチェキを挟むならまだしも、何故身内に自分のチェキを挟まれて推し活をされなきゃいけないのか。そもそも、ヤマトが推し活なんてものをするなんて思っていなかった。
「せめて自分のチェキとかでやりなよ!」
「なんでだよ」
「なんでって……普通は自分のチェキ挟むだろ……!」
「えー」
丈の言葉にヤマトは耳を傾けるどころか、少し眉を寄せて嫌そうな顔を浮かべている。
「お前のファンだってチェキ挟んだりしてるだろ」
「それはファンだから良いのであって……!」
「ファンが良くてメンバーがダメなのか?」
「だ、ダメではないけど……」
初めは強くダメだと言っていたのも、そう言われてしまうと言い返す言葉がなくなってしまう。自分の気にしすぎなのだろうか。そう思った丈はしばらく考え込むが、一歩も譲るつもりのないヤマトの表情を見て諦めのため息をついた。力が抜けた手のひらからヤマトの腕が離れていく。
「誰かに見られて変な事言われても知らないからね……」
「別に構わねぇけど」
ヤマトはスマホ裏に挟まれたぎこちない笑顔で笑う丈を誇らしげに見せる。
「俺だって丈のファンだし」
「あぁ……はぁ、そうですか……」
「なんだその返事。お前、このチェキ手に入れるのにどんだけ苦労したか分かってねぇだろ」
眉を寄せてチェキを見せつけるように持ちながら、ヤマトが丈のチェキを手に入れるまでのありがたい話を適当に聞き流していたが、太一や空がやってきたことで強制的に中断された。太一や空と会話をしているヤマトの手に握られた自分はあまりにもぎこちない顔で笑っている。キラキラな加工をされたサインも、何度も書き直してようやく出来上がったものなのにどこか不格好に見えて仕方ない。
今ならあの時より綺麗なサインを書いて、自然な笑顔で笑ってやるのに。
スマホ裏で笑う自分をジッと睨んでみても、想い人のスマホ裏に映る浮かれた顔は変わることは無かった。